第50話「ニンゲンバクダン」
翌朝の浅草。
午前十一時過ぎ。
澄んだ空の下、浅草の街には観光客の笑い声があふれていた。
焼き立ての人形焼きの甘い香り、雷門の赤い提灯、どこかの寺から聞こえる鐘の音。
だが――その中に混じって、ヤヤたちの目は冷ややかに光っていた。
「……今のところ異常なし、だな。」
カイトが耳元の通信機を軽く触れながら言う。
「うん。警察の監視データとも一致してる。市民の行動パターンも通常通りだよ。」
ユウヒが端末を確認しながら応じる。
レインは腕を組み、視線を周囲に巡らせた。
「まるで嵐の前の静けさね。……嫌な予感がするわ。」
ヤヤはポケットに手を突っ込み、淡く笑う。
「何も起きないならそれでいい。今日はただの“散歩日和”ってことだ。」
「そうだな。」
カイトが軽く頷き、笑みを返す。
だが、その声の裏には――張りつめた緊張が滲んでいた。
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正午の都内某所、高層ビル屋上。
無風。
雲ひとつない青空。
だが、その中心で、ひとりの男が立っていた。
髪を風になびかせながら、桐ヶ崎トワは東京の街を見下ろしている。
その瞳は、どこまでも冷たく美しかった。
「準備はすべて整った……」
唇の端がゆっくりと持ち上がる。
「――さあ、ショータイムといこうか」
トワが両腕を広げると、掌の中でピンク色の光が集まり、渦を巻く。
空が一瞬、脈動した。
そして――
空一面に、光の雨が降り注ぐ。
都内全域。
その光は幻想的なほど美しく、まるで桜の花びらが舞うようだった。
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浅草の正午。
「……なんだ、これ。」
ヤヤが立ち止まり、空を見上げる。
ピンク色の光が、ゆっくりと降り注いでいた。
傘を差す者、スマホで撮る者、笑いながら騒ぐ子供――。
だが、誰も異常を感じていない。
「ただの……光?」
ユウヒが戸惑ったように手を伸ばす。
掌に落ちた粒は、すぐに溶けて消えた。
「何だ?痛くも痒くもない……」
カイトは自分の手のひらを見つめる。
「……でも気味が悪いわね。」
レインが呟いた瞬間――
カイトの携帯が震えた。
着信:キョウ。
「ボス??」
『……カイト、今の光、見たかい? どうやら奴らが――』
途切れる。
ノイズが走る。
「……ボス?! 聞こえますか?」
無音。
通信は完全に断たれた。
「クソ……電波を乗っ取られたか……!何が起きてやがる!」
カイトが歯噛みする。
そのときだった。
街中のテレビ、ビルのスクリーン、スマートフォン。
全ての映像が一斉に切り替わる。
ノイズの中から浮かび上がる一つの姿――
桐ヶ崎トワ。
「……やぁ、日本の皆さん。」
穏やかな笑みを浮かべながら、トワの声が全ての音を支配した。
「驚かせてしまったかな? でも、これは“お知らせ”だ。今から――この国は、我々《エクリプス》の管理下に置かれる。」
「管理下だと……?」
ヤヤが歯を食いしばる。
「日本は長く、腐りきった構造に縛られてきた。
力なき者が上に立ち、腐敗が国を蝕む。
だから――我々が“リセット”する。
新しい秩序を、ここに創り出す。」
淡々と、どこか優しい声で。
だがその瞳は、完全な“狂気”を宿していた。
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都内の至るところで混乱が生じていた。
「テ、テロリストだ!」「何を言ってるんだあいつ!?」
「警察は!?」「自衛隊は!?」
人々が叫び、逃げ惑う。
浅草の街も一気に混乱に包まれる。
ユウヒが拳を握る。
「……ふざけてる。あんな宣言で、人の命を弄ぶなんて!」
レインが眉をひそめる。
「ユウヒ!冷静になりなさい。まだ何も――」
その瞬間、トワの声が再び響いた。
「……まずは、我々が本気だということを証明しよう。」
トワの口元が歪む。
「残念ながら――今から、東京に住む百万人が死ぬ。」
ざわめき。
恐怖。
ヤヤたちは息をのむ。
「何……?そんなこと……できるわけ」
レインが震えた声を漏らす。
「始めよう。 ――カウントダウン、スタート。」
「5」
街の喧騒が一瞬で止む。
「4」
誰かが悲鳴を上げる。
「3」
空の光が再び脈動する。
「2」
カイトが叫んだ。「みんな伏せろ!!」
「1――」
「0」
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静寂。
次の瞬間――
光の雨を浴びた人々の身体が、膨れ上がる。
苦悶の声。
皮膚が裂け、骨が軋み、内側から膨張していく。
「ああああああああああああぁぁぁっ……!」
「痛い、痛いッ!!」
ドンッ――!!
ドンッ――!!
爆音が続く。
人が、人の形を保てぬまま破裂していく。
血と肉片が街を染める。
地面が赤に染まり、悲鳴が空を突き抜ける。
カイトが顔を覆いながら叫ぶ。
「うわぁぁあああああああああ!?!?人が!!人がぁぁ?!」
レインが歯を食いしばり、震える声で呟く。
「う、嘘?!……ただの光じゃなかった……!じゃあ私達も死ぬの?!?!」
ユウヒの頬に、ひとしずく血が落ちた。
彼女の瞳は、ただ絶望に染まる。
「これは……夢……夢だよね?!ヤヤ君!ねぇ!」
ヤヤは拳を握り締め、感情を爆発させる。
「夢じゃない……クッソォォォ…………ッ!!」
街は崩壊の中に沈み、
ノクターンで誓った“任務”が、
今まさに――悪夢へと変わっていった。




