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第46話「カリオペの心臓」

――次の日の夜。

ジャスティスの本拠地である隠れバー《ノクターン》。

薄暗い照明が落ち着いた空間を演出し、バーカウンターの奥では静かにグラスが触れ合う音が響いていた。


カウンターに並ぶ三人の姿。カイト、レイン、そして学校から一足早くやってきたユウヒだ。


カイトはいつも一緒にやってくるはずのヤヤがいないことを不思議に思い、ユウヒに尋ねる。


「ヤヤは一緒じゃないのか?珍しいな」


ユウヒは顎に手を当て、少し考えるように眉をひそめる。


「ヤヤ君なら日直の仕事で少し遅れるって~。それより、ヤヤ君なんだけどさぁ~。昨日の夜から様子変だと思わない?あの祭りの途中からなんだけど」


レインが肩越しにユウヒを見て答える。


「……うーん、昨日の夜でしょ?酔っぱらってて正直あんまり覚えてないわね~。カイト、なんか覚えてる?」


カイトはグラスを傾けながら考え込む。


「同じくあまり記憶にない……だが帰りの電車の時、いつもより静かだった気はするな」


レインは肩をすくめ、からかうように口角を上げる。


「ふふっ……あんたが嫌われたんじゃないの~?」


ユウヒは首を振り、見に覚えがないと否定する。

それから独り言を静かに呟く。


「多分あの時だよね……ヤヤ君の様子がおかしくなったの……」


そこへ、扉の開く音。


「……ただいま」


振り返る三人の目に飛び込んできたのは、少し疲れた表情のヤヤ。だがその瞳には、何かいつもと違う強い光が宿っていた。


「よっ!ヤヤ。来たな。学校大変だったろ?三日間の訓練で疲れてるだろうし」


「……まぁ。」


ヤヤは目を反らし、カイトの話を聞いていない様子だった。

レインはユウヒの言ったことが本当だと確信し、少し心配し始める。


「元気ないわね。どうしたのよ?」


「ん?いや……別にみんなのことがどうってことじゃないよ。」


「でもヤヤ君、昨日のあの時から何か悩んでるよね?私達に話せない話?」


ユウヒがヤヤの肩を触れながら目を見つめる。ヤヤは本当に自分のことで心配してくれていることに気づく。


ヤヤは深く息をつき、肩の力を抜いた。

その表情は観念したかのようで、いつもの軽やかな雰囲気はどこにもなかった。


「……悪い。1人で抱え込もうとしてた。俺の悪い癖だな」


ユウヒはその言葉に少し驚いた様子で、息をのむ。

レインもカイトも、ヤヤがこんなに素直に弱さを見せるのは珍しいことだと思うのだった。


ヤヤは少し視線を落としたまま静かに口を開く。


「……昨日の祭りのことだが……」


カイトが少し前のめりになり、言葉を促す。


「祭り……?なんかあったのか?」


ヤヤはゆっくりと視線を上げ、二人に向けて言った。


「死んだはずの親友……遊佐アキトと、その妹、カオリに……会ったんだ」


「……えっ?」


ユウヒは思わず両手を口に当てる。

ヤヤは続ける。声は震えていたが、言葉ははっきりしていた。


「――だが俺のことを全然……覚えてないようだった」


レインが眉をひそめ、口を開く。


「どういうこと……?でも、会ったってことは本物ってことよね?」


「ああ……間違いない。アキトって名前を呼んだら、どうして自分の名前を知っていると聞かれたからな」


「!!」


ヤヤは皆が驚く中、話を続ける。


「……どう思う?一度死んだ人間が生き返ることがあると思うか?前の風見シュウの時とは違う。ゾンビじゃなかった。本当にあの時の姿のままだったんだ」


三人は衝撃の事実に言葉を失う。しばらくの沈黙の後、カイトはふとしたことを思い出す。


「……そういえば……いや、なんでもない」


カイトはグラスの中の氷を指先で回しながら、言葉を濁した。


「何だよ、何か知ってるのか?」


ヤヤが眉をひそめる。

カイトは一度ため息をつき、静かに言葉を続けた。


「関係があるかはわからないが……最近、政府の保管庫から“最重要機密の代物”が盗まれたって話が出てる」


ユウヒとレインが顔を見合わせる。


「最重要機密……? 一体なにそれ……」


その時だった。

背後から声が四人に届く。それは聞き覚えのあるいつもの声。


「――“カリオペの心臓”」


その名が静寂を切り裂くように落ちた。

四人が一斉に振り向く。そこにいたのはキョウだった。

彼は迷いのない足取りでカウンターへ近づき、ヤヤの方を真っ直ぐに見つめる。


「話は聞かせてもらった。……ヤヤ、その話は本当かい?」


「本当だ。」


「そうか……。まずいな。想定より早い」


「それより何なんだよ?そのカリオペの心臓って……」


キョウはカウンターに手を置き、ゆっくりと腰を下ろした。

その動作一つで、ノクターンの空気が一段と張りつめる。


「……“カリオペの心臓”――それは、古くから伝わる幻の人工の心臓だ」


低く落ち着いた声が、グラスの音のない静寂を支配する。


「死者蘇生――そう呼ばれている力を持っている。だが、完全な蘇生ではない。蘇った者は“生命”を取り戻す。だがその寿命は十日。そして何より……発動者に絶対服従する。心も記憶も、すべて“主”のものとなる」


レインが息をのむ。


「十日……? そんな……」


ユウヒが小さく呟いた。


「じゃあ、ヤヤ君が見た遊佐兄妹は……誰かに蘇らされた……?」


キョウは静かに頷く。


「そうだ。もともと“カリオペの心臓”は三つ存在するとされていた。一つは日本。もう二つはアメリカとドイツに保管されていたが……」


彼は一瞬だけ視線を伏せ、次の言葉を重く落とした。


「――すべて、ほぼ同じ時期に盗まれた」


カイトが顔をしかめる。


「同時期……? 偶然ってレベルじゃないですね」


「その通りだ」


キョウの瞳が冷たく光る。


「そして――盗んだのは、“エクリプス”と呼ばれる組織だ。間違いない」


「エクリプス?」


ユウヒがそう尋ねる。それに対してキョウは目を一瞬瞑った後、四人の方を振り向く。


「茜坂夫婦にも話したことだが、君たちにも真実を話そう。この数日以内に訪れる我々ジャスティスとエクリプスとの日本の存亡をかけた戦いについて……」


それからキョウはケイとシルファに話した内容を伝える。四人は目を見開き、最初は信じられないといった様子だった。だがキョウの話を聞いていく中で、嘘ではないことを確信する。実際にヤヤとユウヒは死んだはずの兄妹がこの世に存在することをその目で見ているのだ。


最後にキョウは静かに目を閉じ、重くこう言った。


「……ということだ。近いうちに政府から正式な指令が下る。それまでに、心を整えておくといい。

――これは、ジャスティスにとって最大の戦いになる」


この言葉の後、キョウはこの後政府からの緊急招集があると言い残し、静かにノクターンを出て行った。

ドアの閉まる音が響いた瞬間、店内に深い沈黙が広がる。

その沈黙を破ったのはカイトだった。


「……日本の未来は俺達にかかってるってか……シャレになんねーぜ」


「そうね……それにヤヤ君にとって辛い戦いになるわね。その話が本当なら遊佐兄妹はエクリプスの命令に従う……つまりかつての親友と戦うことになるってことよ」


レインの一言は、冷たい刃のようにヤヤの胸に突き刺さる。

ヤヤは拳を握りしめ、唇をかみしめた。


――誰かの意志で、無理やり死の淵から引きずり戻されただと?……アキト。カオリ。お前達が……そんな形で。


辛い顔をするヤヤを見てユウヒは手を握る。その後珍しく真剣な表情で声をかける。


「ヤヤ君……私達がいるよ。だから辛い時は頼って。私達コードXIIIだよ~?」


「そうだったわね。私もこの前ヤヤ君に励まされて救われたわ。今度は私がヤヤ君を助ける番」


レインが後に続く。そしてカイトが最後にヤヤの肩を触れ、ふと笑みを浮かべる。それからリーダーとしての言葉を伝える。


「ははっ……ユウヒの言う通り、俺達はコードXIIIだ。チームなんだ。だからお前の問題は俺達の問題でもある。だから1人で何とかしようとすんな。わかったか?」


「みんな……」


ヤヤは三人を見渡す。

その胸の奥に、ようやく小さな灯がともるのを感じた。


「……ありがとな」


三人がいればどんな困難も乗り越えられる、そう思うのだった。

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