第30話「最強夫婦~無敗の銃と壊れた姫~」
トラモント亭で夕食を終えた四人は、歌舞伎町の夜風に吹かれながらノクターンへ向かって歩いていた。
オレンジ色の街灯とネオンが濡れたアスファルトを淡く照らす。
「それにしても偉いべっぴんさんだったな。いや~いるんだなあんな異次元の美貌を持った女」
「もう!カイトったらさっきからその話ばっかり!メロメロじゃない……!こんなにイケてる女二人が一緒に歩いてるのよ。もっとありがたいと思いなさい!」
「そうだよ~ヤヤ君。もっと感謝したまえ」
「ユウヒ……俺は何も言ってない」
それから話題は別のものに移る。歩きながら、ユウヒがふとヤヤの方を見て口を開く。
「そういえば全く話かわるけど、私達のチームってコードXIIIじゃん?XIIIって凄いの~?」
「そうか。説明してなかったな。ジャスティスのチームは、コードIからコードXIIIまである。数字が小さいほど強くて、Iが最強、XIIIが最弱」
ヤヤは手で順番を示すように話す。
「えー!じゃあ私たちのチームはビリってこと~?」
「そうだ。つい最近できたチームで、経験も浅いから一番ビリ。任務実績が上がれば数字がかわるらしいぞ」
「そうなんだ~。コードIってどんな人達がいるんだろ~。後で先生……じゃなくてボスに聞いてみよ~」
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ノクターンのドアベルが、静かに鳴った。
外の喧騒とは対照的に、店内には低いジャズと琥珀色の光が漂っている。
カウンターの奥で、ボス――天草キョウがいつものようにグラスを磨いていた。
「おかえり。おや?カイト。いい顔してるな。どうかしたのかい?」
「い、いえ……最近できた定食屋に行ってきたのですが美味しかったので……」
「……あんたが嬉しそうなのはあの店員さんのせいでしょ」
レインが呆れたように肩をすくめると、カイトは「う、うるせぇ」と返した。
キョウは口の端をわずかに上げ、磨いていたグラスを棚に戻す。
「さて――仕事の話に戻ろうか。来週の金曜から三日間、ジャスティスの“強化訓練”を行う」
「たしかに来週の金曜日は祝日だよね~?でも強化訓練って」
ユウヒが身を乗り出す。
「全チーム合同で行う年に一度の訓練だ。新旧関係なし。実戦形式での特別訓練。各コードの連携力と異能制御の精度を試す。……ん?カイトどうした?」
カイトは気になったことがあったのか口を挟む。
「全チームってことは今年はコードIもくるんですか?毎年欠席だったじゃないですか」
「ああ。彼らにはずっと京都で大きな仕事を頼んでいたんだ。だがようやく片付いてもう東京に戻ってきてるみたいでね。一応声をかけたら今年は参加すると言っていたよ」
「そうですか……それは楽しみです」
ユウヒがオレンジジュースの入ったグラスを両手で包みながら首をかしげた。
「そのコードIって、誰がいるんですか~?」
キョウは磨いていた布を静かに畳み、カウンターに置いた。
「二人……茜坂ケイと、茜坂シルファ――夫婦だ」
「夫婦!?」
ユウヒが思わず声を上げる。
「二人で最強ってこと!?」
「そうだ」
キョウがそう認めた後、カイトが煙草を取り出しかけて、ふと手を止めた。
「名前は聞いたことある。……だが、俺も実際に会ったことはない」
「噂によるとだけど茜坂ケイはスッゴい超超超イケメンらしいわね♡どうやって……ふふっ」
「レインのくだらない妄想はさておき、都市伝説みたいに語られてる“任務に失敗したことがない”って本当ですか?」
レインのイケない妄想をカイトはスルーしキョウに尋ねる。
キョウはわずかに目を細めた。
「事実だよ。茜坂ケイはジャスティスの中でも突出した実力者だ。人間離れした動体視力と反応速度……そして、“アウトロー・トリガー”の使い手でもある」
その言葉に、ヤヤの瞳が小さく揺れた。
「……アウトロー・トリガー」
「そうだ。ヤヤと浜中と同じ、幻の異能の銃を持つ者だ。ただし――あいつのトリガーは特別だ。あれは“全てを無力にする銃”だ」
「へぇ……三人目のアウトロートリガー使いかぁ~」
ノクターンの空気がわずかに張りつめる。
ジャズの音が遠くに霞んでいくように感じられた。それから今度レインが問う。
「その……茜坂シルファはどうなんですか?」
キョウは一瞬、言葉を選ぶように黙り、それからゆっくりと口を開いた。
「シルファは――普段は、まるでお姫様みたいな女だよ。穏やかで、気品があって、誰にでも優しい。あの微笑みを見たら、誰だって癒やされるだろうな」
「へぇ、そんな人が最強チームにいるんだ~」
ユウヒが感心したように声を上げる。
だが、キョウの表情がわずかに陰った。
「……だが一度、“あれ”が壊れると別人になる」
「壊れる?」
ユウヒが小首をかしげる。
「夫のケイに手を出そうとする女がいたら、殺戮兵器に変わる。理性も倫理もなく、ただ“排除”する。敵だろうが味方だろうが関係ない。……過去には、任務中にケイに偶然抱きついた味方の女性を見て、真っ二つにしようとしたことがある。いわゆるヤバい女ってことだ」
誰も、息を呑む音すら出せなかった。
キョウは淡々と続ける。
「それでもケイは、そんなシルファを止めない。むしろ、彼女の暴走と重い愛を受け入れているように見える。……二人の間には、常人には理解できない絆があるのさ」
「……やっぱりそのヤンデレメンヘラ女も強いのか?」
ヤヤは少し緊張した様子で、キョウの目を真っ直ぐ見て尋ねる。それに対してキョウは不敵な笑みを浮かべ答える。
「強いなんてものじゃないよ……元々ロシアの軍にいたんだ。戦闘のプロだ。強さで言うとケイの次に強い。単純な戦闘力だけなら、彼女に勝てる者はほとんどいない。殺すことに一片の迷いがないからな」
「……そうか。愛の力って奴か。恐ろしいな」
ユウヒが引きつった笑みを浮かべる。
「つまり……敵に回したら終わりってことね」
「そういうことだ」
キョウがグラスにウイスキーを注ぎながら、静かに言った。
「彼らが参加する今年の強化訓練――君たちにとってはいい機会だ。上を知るといい」
ヤヤはその言葉を黙って受け止めた。
強化訓練――その名の通り、試されるのは力と覚悟。
そして、“最強”と呼ばれる者たちの現実。
カウンターの上で、琥珀の液体がゆらめいた。
外ではネオンが滲み、夜はますます深く沈んでいく。




