第3話「コードXIII」
ヤヤとキョウがノクターンの扉を押し開けると、鈍い紫の灯りがフロアを満たしていた。
タバコの煙がゆらめき、安物のウィスキーと革張りのソファが夜の匂いを濃くする。
カウンター席には二人――東城カイトと桃瀬レインがいた。
「ボス。おかえりなさい。……へぇ。その子が……結構タイプかも♡」
レインが細めた瞳でこちらを見やり、すぐにヤヤに視線を移す。
その眼差しは、値踏みするような、獲物を眺める肉食獣のものだった。
カイトは足を組んだまま、タバコの煙を鼻から吐き出し、気怠そうに言う。
「ボス、そいつが例の“新人”ですか?」
「ああ。そうだ。ヤヤ。自己紹介をしてくれるか?」
キョウは短く頷き、ヤヤを二人の前へ押し出した。
ヤヤは若干ふて腐れた表情で自己紹介をする。
「……月野ヤヤ。17歳。今日から『ジャスティス』の一員となる。よろしく頼む」
視線を逸らさず、誰にも媚を売る気はないといった強い意志を感じカイトはあからさまに眉をひそめた。
「……17歳ってまだガキじゃないですか。こんなの連れて何する気ですか?」
「見かけで判断してはいけないよ。カイト。彼も覚醒水晶の適合者だ。」
「なぁっ?!この歳で……それは本当ですか!?」
「ああ。本当だ。」
キョウの声音は静かだが、反論を許さぬ重みを帯びていた。
「それからもう一つ……今日から君たち三人でチームを組む。コードXIII。それが君たちのチーム名だ。」
「はぁ!?」
カイトは声を荒げ、椅子を軋ませて立ち上がる。
「冗談ですよね?!なんで俺がガキの面倒まで見なきゃいけないんですか?!」
キョウはタバコを灰皿に押しつけ、冷ややかに目を細める。
「借金返したいんだろ? なら報酬は弾む。引き受けろ」
その言葉に、カイトの顔がわずかに強張る。
反論しようと口を開きかけたが、結局、吐き出したのは短い舌打ちだった。
「……ちっ、仕方ねぇな。俺は東城カイトだ。覚えておけ。」
レインがくすりと笑い、赤い唇を指先でなぞる。
「アタシは桃瀬レイン。チームを組むのは大歓迎よ。ヤヤ君、スッゴく綺麗な顔してるし。両手に華ってところね。それにしてもカイトはやっぱり金に汚い男ね。ふふ……でもそういうところ、嫌いじゃないわ」
「黙れ」
カイトは顔を背け、ヤヤに鋭い視線を投げつける。
「おい。ヤヤとか言ったな。俺の足手まといになったら、その場で置いてくからな」
「……ああ。俺も誰かに助けてもらうことなど考えてない」
ヤヤは無愛想な顔で返事をした後、一瞬だけ睨み返したが、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、胸の奥で小さく燃え始めた火が、彼の目をかすかに揺らしていた。
紫の灯に照らされた三人の姿を見渡し、キョウは満足げに頷いた。
「今夜からが、お前たちの本当の始まりだ。頼んだぞ。で、さっそくだが仕事だ」
ノクターンの奥に流れるジャズの旋律が、どこか不穏に響いていた。
キョウは灰皿の端に指をひっかけ、ゆっくりと煙を吐き出した。ノクターンの紫がかった灯りが彼の横顔を鈍く照らす。カウンター席の三人は、いつになく真剣な表情でキョウの言葉を待っていた。
「ターゲットは……黒澤シロウだ。この男も君たちと同じく能力覚醒者だ。」
『!!』
キョウが三人に写真を見せながら低く、平坦に言った。
「年齢は三十手前。職業は無職を装ったフリーターみたいなもんだが、実のところは都市の片隅で夜を徘徊し、典型的な掠め取り屋だ。……ただし普通の掠め取り屋とは違う。このターゲットは寝ている人間の夢を喰らう」
レインが肘をつき、興味深げに目を細める。
「夢を喰うって、メルヘンな話ですね。まさか本当に“夢”を?」
「文字通りだ」
キョウは頷く。
「黒澤は人が睡眠で見る“夢”に触れて、それを喰らう——吸収した夢の断片が彼の脳と肉体を再構築する。簡単に言えば、他者の内面を燃料にして自分を強化する。現状で既に十二人分の夢を取り込んでいる」
ヤヤの表情が固まる。十二という数字が、ただの噂話の枠を越えて現実の脅威へと変わっていくのを彼は理解した。
「夢を喰った分だけ、身体能力は跳ね上がる。反射神経、筋力、持久力……普通の人間が対抗できる相手じゃない。対抗できるのは水晶適合者の我々だけだ。」
キョウの説明の後ヤヤは尋ねる。それは他の二人も気になっていたことだった。
「……その黒澤シロウの居場所は?」
「正確な居場所はわからない。ただ黒澤にはある狂った“習性”がある。金曜日の夜に必ず六本木のとあるクラブへ繰り出す。そしてそこで“ターゲット”を選ぶ。被害者はいつも若い女性。甘い言葉で女性を誘惑し、ホテルに連れ込む。そして寝ている間に夢を喰らっているようだ。夢を喰らわれた相手は全員亡くなっている」
レインの唇に冷たい笑みが浮かんだ。
「オシャレな食事処かと思ったら、夜の獲物狩り場ね。その彼、趣味が悪いわ」
「政府が黙って見ていられないレベルでね。早急に対処しなければならない男だよ。」
キョウは話を続ける。
「ある情報屋によると明日の金曜日に黒澤はいつものクラブに来ると断言している。明日君たちに彼を殺してほしい。ただしわかっているとは思うけど人目につかないところで頼むよ」
それに対して真っ先に答えたのはカイトだった。
「わかりました。必ずボスの期待に応えてみせます。……おい。ヤヤ」
「何だ?」
「今回お前の出番はないぜ?黒澤は俺とレインが殺す。先輩として殺し屋ってのがどんなものか教えてやるよ」
「フフっ……そうね。ヤヤ君。カイトのいう通り今回は近くで殺し屋の戦いがどんなものか見て学びなさいな」
「……わかった。」
そう返事をするヤヤはまだ二人を信用しているわけではない。信じられるのは自分だけ……いつもそう思ってきた。だからこそなのか人に興味を持つことがほとんどなかった。そしてこのことが原因ですぐに忘れてしまうことがある。それは……
「ところで二人にちょっとお願いがある。大したことではないんだが」
「なんだ。ヤヤ。てめぇ誰かに助けてもらうつもりはないとか言ってなかったか?……まぁいい。何のお願いだ?」
「そうよ!お姉さんにも話してみなさい!フフっ♡」
「……本当に申し訳ないがもう一度二人の名前を教えてくれないか、忘れた」
この言葉にカイトはブチギレ、レインは大爆笑するのだった。




