第27話「正義に咲く、四人目の花」
――午前三時。
ヤヤ達は破壊された研究施設の奥から、黒いケースを持ち出した後、国家公安に連絡し装置を引き渡した。
「ふぅ……国家公安に引き渡し完了。これで一件落着だな」
カイトが煙草をくわえながら言う。
その煙は疲労と安堵の匂いを混ぜていた。レインとヤヤもカイトに続いて今回の任務のことを口にする。
「そうね。今回は死ぬかと思ったわ。もうくたくたよ……」
「二百以上のゾンビと戦ったからな……」
その後ヤヤは隣で疲労を全く感じさせない花屋の少女の方を振り向く。
「あとユウヒ……その……助かった。ありがとな。お前がいなかったら本当に危なかった」
「クスっ……これでやっと借りがかえせたかな。前に私もヤヤ君に助けてもらったしね~」
「……一つ、聞いていいか?」
ユウヒが首を傾げる。
「どうして、ここがわかったんだ?俺達の居場所……伝えてないよな」
「ん~……それはね~」
ユウヒは悪戯っぽく笑い、ヤヤの質問に答える。
「ヤヤ君の新しい携帯、私が選んであげたでしょ? だから――ちょぉ~っとだけ細工をしておいたの」
「……細工?」
「うん。居場所がわかるように。ほら、ヤヤ君は殺し屋でしょ?だから心配で……」
「…………」
ヤヤは言葉を失った。
呆れと、ほんの少しの照れが混じる。ヤヤは少し顔を赤らめながらユウヒに言う。
「……あのな、そういうのは普通、ストーカーって言うんだぞ」
「えぇ~?心配性な花屋の愛情表現だよ~?」
「愛情の方向がちょっと狂ってるんだよな……」
そんなやりとりを見ながら、カイトが口を開いた。
「まぁいいじゃねぇか。結果的に助かったんだ。おかげでこっちは全員無事だ」
「……そうね。今回は、助けられたわ」
レインがぼそりと呟き、そっぽを向いた。
頬がわずかに赤く染まっているのを、誰も指摘しなかった。
朝が近づく。
闇が少しずつ薄れ、遠くで鳥の声がした。
「さてと。報告だな。ヤヤ、レイン。ノクターンに行くぞ」
カイトが煙を吐きながらヤヤとレインを誘う。それに対して真っ先に反応したのはユウヒだった。
「ねぇ、タバコ君」
「ん?どうした?ユウヒ」
「私もそのノクターンってところ行っていいかな?天草先生いるんでしょ?」
まさかのことにヤヤ、カイト、レインは顔をあわせる。少し迷ってからカイトは尋ねる。
「ボスのこと……ヤヤから聞いてたんだな」
「うん。でも最初に聞いた時、まさか天草先生がジャスティスのボスとは夢にも思わなかったけどね」
「……カイト。いいんじゃないか?今回の任務、ユウヒも関わってしまったことだし」
「ヤヤ……ま、そうだな。よし。じゃユウヒも来てくれ」
こうして四人でノクターンへ向かうことになるのだった。
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夜明け前の街。
歌舞伎町のネオンがまだ微かに灯る中、四人は“ノクターン”の扉を押し開けた。
カウンターの奥。
琥珀色のウイスキーを傾けながら書類を見ていた男――天草キョウが、顔を上げた。
「……戻ったんだね。思ったより早かった」
「ただいま戻りました、ボス。任務完了です」
カイトがそう言って敬礼する。
その隣に立つ三人を見た瞬間――キョウの眉が僅かに動いた。
「……ふむ?一人、見覚えのある顔が混じっているな」
「えへへ、こんばんは~先生」
ユウヒが花屋のような柔らかい笑顔を浮かべて手を振る。
その瞬間、キョウの目の奥で、教師としての“笑み”とボスとしての“警戒”が交錯した。
「浜中……君がここにいるということは……任務に介入した、ということかな?」
「介入というか~、ちょっと助けに行っただけですよぉ。結果的に成功したし、良いでしょ?♡」
「……まったく、君は昔から好奇心が強すぎる」
キョウはため息をつきながらも、グラスを静かに置いた。
その表情には、叱責よりも、どこか安堵の色があった。
「まぁ、結果として任務は完遂したようだね。報告を聞こうか」
「はい。標的・風見シュウは排除。研究施設と装置は国家公安に引き渡しました」
カイトの報告に、天草は静かに頷いた。
「よくやった。……だが、シュウのデータが流出していないとも限らない。しばらく監視を続けよう」
「了解」
報告が一通り終わると、キョウはふとユウヒの方へ視線を移した。
彼女はカウンターの椅子にちょこんと腰かけ、足をぶらぶら揺らしていた。
「――それにしても、浜中」
「はいっ?」
「君の戦闘記録はこの前のヤヤとの戦いで見せてもらった。非常に興味深い能力だ。幻のアウトロートリガーであるフローラ・モルティス……《フラワーバレット》……花言葉を弾に変える、か」
「うふふ~、先生ったらよく見てますね~」
「さすが元黒蓮幇(Hei Lian Bang)の工作員だな。そして今回ヤヤ達を助けたということはもう味方と思って良さそうだ」
キョウはゆっくりと立ち上がり、ユウヒの前に歩み寄る。
「――もし君さえよければ、《ジャスティス》に正式に入らないか?君にはコードXIII……カイト、レインそしてヤヤのいるチームに入ってほしい」
その一言に、場の空気が止まった。
「……え?」
ユウヒの目がぱちくりと瞬く。
カイトがニヤリと笑う。
「おお、ついに来たか。ボスがスカウトなんて珍しいな」
「能力も行動力も申し分ない。正直、即戦力だ」
それに対してレインが両手を振り上げた。
「えっ、ま、待って待って……ボス、本気で言ってるんですか!?私、この子とチーム組むなんて絶対イヤです!!」
「なんで~?まだ一緒に任務してないのにひどいなぁ」
レインの言葉にユウヒは余裕の笑みを浮かべる。キョウはレインが新メンバー加入に反対の理由を尋ねる。
「何だ?レイン。理由を聞かせてもらおうか」
「見たら分かります!タイプが正反対!こっちは論理で動くのに、この女は感情で動くタイプです!無理!」
「えぇ~、でも私、ヤヤ君の隣で頑張りたいな~♡」
「だから余計イヤなのよッ!!」
レインの怒声が響き、ノクターンの照明が一瞬びくりと揺れた。
ヤヤはレインも感情で動くタイプだろと心の中で思う一方、カイトは腹を抱えて笑う。
「ははっ、いいじゃねぇかレイン。チームが明るくなるぜ?な、ヤヤ?」
「……まぁ、悪くないと思う。戦闘の腕も本物だったし」
「ふふふっ……どうやら多数決で決まったみたいだね~。これからはずっと一緒だよ!ヤヤ君♪」
「ユウヒ……ああ!よろしくな」
「むぅぅぅぅぅぅぅッ!!そこイチャイチャすんなぁぁ!!」
「決まりだな。ユウヒ、君には《コードXIII》に入ってもらう。カイト、レイン、ヤヤと共に次の任務にあたれ」
「はーいっ♡よろしくお願いしまぁす♪」
「……絶対うるさいチームになるわね」
「いいじゃねぇか。夜がうるさいくらいのほうが、退屈しねぇだろ?」
カイトが笑いながらウイスキーをあおる。
その笑い声が、夜明けのノクターンに静かに溶けていった。




