第26話「花屋、戦場に咲く」
「な、な、何者だ……貴様……!」
シュウの声が低く震えた。
その瞳には、初めて“恐怖”という色が浮かんでいた。
科学者である彼にとって、理解不能な現象は何よりの悪夢だった。
ユウヒはそんな視線を受けても、まるで散歩の途中にでもいるかのような軽い口調で言う。
「何者って? ただの“花屋”だよ~?」
その笑顔は無垢で、けれどどこか底知れぬものを感じさせた。
「どうしてここに!?黒犬はどうしたんだ!?」
ヤヤが信じられないように声を上げる。
ユウヒはくすりと笑う。
「どうしてかはさておき――あのワンワン達には眠ってもらってるよ~。私の《フラワーバレット》の力でねっ♡」
その言葉に、カイトとレインは目を見開く。
「眠らせた……?あの黒犬部隊を、か?」
「前にヤヤ君も他の任務の時イマジンバレットで敵を眠らせてたわよね……なんか思考が似ててムカつく」
そんな中ユウヒはシュウの方を向き、首を傾げ、銃口をくるりと回した。
花弁のような光が舞い、淡く香る。
「ねぇ、あとはおじ様だけですよね~?」
「何をっ!!」
シュウが反応した後一瞬、場の空気が凍りつく。
笑っているはずのユウヒの声が――まるで氷の刃のように冷たかった。
「少し遠くから様子をみてたんだけどさぁ~。“再利用”だの“進化”だの……言葉で飾ってるけど、今のところやってることはただの死体遊びにしか見えないんだけど?そんなの私としては許せないなぁ~」
シュウは鼻で笑った。
「綺麗事を言うな。生と死の境界を壊すことこそ進化だ。それに君のその力も、どうせ“異能”の産物だろう?その力で何人の人を殺してきた?私と何が違う!人の命で遊んでるのは貴様ら殺し屋も同じだ」
「違うよ」
ユウヒは銃を上げた。
その緑の光は、優しく、けれど凛としていた。
「あなたは“死を弄ぶ”。私達は“死に花を添える”」
ヤヤは息を呑む。
その横顔はいつものおちゃらけた少女ではなかった。
ユウヒの指がトリガーにかかる。
「もうつまんないお話は終わり。今度はあなたが死ぬ番だよ?悪いことを一杯してきたんだから報いを受けなきゃ」
「!!」
ユウヒの周囲に、淡い桃色の光が散る。
「――“ツバキ”」
放たれた弾丸が空中で分裂し、赤い花弁のようにシュウの腹部へと襲いかかる。
ジュウッ、と音を立てて煙が上がる。
「ツバキの花言葉は“控えめな優しさ”。……でも、今の私は優しくできそうにないや」
「っ!!ああああああぁぁぁぁーー!!!痛い痛い痛いっ……!!このクソ女がぁぁーー!!」
先ほどまで冷静だったシュウは激痛のあまり怒りの感情を露にする。まさかの想定外のことに動揺を隠せなかった。
「痛いよね……大丈夫だよ。もうすぐ楽になるから」
言葉とは裏腹にユウヒのその瞳は冷たい氷のようだった。
「がはっ……! バカな……私が……!」
シュウは膝をつき、咳とともに血を吐いた。
だが、次の瞬間――。
「……ハハ……そうか……これが、死ぬ間際というものか……フフフっ……」
シュウの口角が、ゆっくりと吊り上がる。
全身から黒い蒸気が立ち上り、体表の血が沸騰したように泡を吹いた。
背中が膨らみ、筋肉が裂け、骨が音を立てて変形していく。
「な……何してるの、アンタ……!」
レインが息を呑む。ヤヤはユウヒに忠告する。
「何が起きている?……ユウヒ!気を付けろ!」
「ヤヤ君……うん。心配ありがと。大丈夫。油断はしないから」
轟音。
シュウの全身が爆ぜ、腐臭とともに灰色の液体が飛び散る。
それが床に落ちた瞬間、金属が溶けて泡を立てた。
「……!!この匂い、腐ってやがる……」
カイトが後退しながら呻く。
立ち上がったシュウの姿は、もはや人ではなかった。
皮膚は灰に溶け、眼球は濁った白に変わる。
腕の先からは黒い液体が滴り、指先が金属を触れただけで煙を上げる。
「おいおい……マジか……自分をゾンビにしたってのか……!?」
カイトの言葉にシュウは口の端を裂けるほどに笑いながら叫ぶ。
「人類の進化のためには、まず自らを超えねばならんのだよォ!!」
腐敗した腕が振り抜かれる。
空気そのものが焼けただれ、腐食の風が奔った。
レインが身を翻して避けるが、袖口が一瞬で溶けて灰になる。
「触れたら終わりだッ!!」
カイトの叫び。
だがユウヒは一歩も退かない。
腐食の波を前にして、彼女は静かに銃を構えた。
「……ふぅん。じゃあ、その“進化”がどれだけ咲き誇れるか、試してみよっか」
シュウの右腕が地を叩く。
床がドロドロに溶け、ユウヒの足元まで侵食が迫る。
しかし彼女は、まるでそれすら花壇の土を見るような穏やかな微笑を浮かべた。
銃口に光が宿る。
「“ヒマワリ”」
眩い閃光が走る。
黄金の弾丸が放たれ、真っ直ぐに腐敗の波を貫いた。
爆発した光の中で、花弁のような炎が舞う。
「ヒマワリの花言葉は、“あなただけを見つめる”」
シュウの肩が吹き飛び、黒い血が壁に染みを作る。
しかし彼は笑いながら再生していく。
「不死の体を前にして、銃弾に意味があると思うかぁ!!!」
「へぇ~。不死なんだぁ~。便利だね。じゃあ――この花なら、どうかな?」
ユウヒは滑らかに銃を回し、花の名を囁く。
「“アザミ”」
紫の弾丸が放たれる。
弾はシュウの胸に突き刺さり、そこから無数の棘のような光が広がった。
棘は腐肉を貫き、内部から爆ぜるように弾けた。
「ぐぅぅぅッ!? な、なんだこの反応は……!」
「アザミの花言葉。“報復”。――痛いでしょ?」
ユウヒが笑う。
その笑みの奥に、確かな怒りがあった。
シュウは吠える。
「やめろォォォ!! 私は人類の未来を――!」
「未来はそんな腐った手で掴めないよ」
ユウヒは静かにトリガーを引いた。
「バイバイ。おじ様。あなたの死にも花を添えてあげるからね――リンドウ」
青白い光が花のように咲く。
シュウの身体が崩れ、腐肉が風に舞い、最後に青い花がぽつりと咲いた。
光が収まる頃には、そこにもう声はなかった。
ただ、焼けた床の上に咲いた一輪のリンドウが、静かに揺れていた。
ヤヤが呆然と呟く。
「……あの怪物を……花一つで……」
ユウヒは肩をすくめ、微笑んだ。
「クスっ……私は“花屋”だからね~」
その妖艶な笑みにヤヤの心臓は高鳴るのだった。




