第25話「絶対絶命」
轟音。
風見の笑い声が掻き消えるほどの、重たい衝撃音がフロアを揺らした。
コア装置の脈動が早まり、天井の蛍光灯がバチバチと火花を散らす。
「来るぞッ!!」
カイトの叫びと同時に、床の裂け目から黒い煙が立ち上がる。
煙の中から、何かが這い出てきた――。
腐敗した皮膚、空洞の目、爪が剥がれ、髪が抜け落ちた頭蓋、歪んだ笑い。
無数の“死者”が、呻き声を上げながら立ち上がる。
数は……数え切れない。少なくとも二百以上であろうか。
「……なに、これ……?」
レインが一歩、後ずさった。
床のコンクリートが波打つように膨らみ、まるで地面そのものが、人間の内側を吐き出しているようだった。
「嘘だろ……死人が……立ってんのかよ……」
カイトがタバコを噛み潰し、蒼白になった顔で呟く。
ヤヤは反射的に警戒する。
その目は、ただの敵を見るような冷たさではなかった。
「おい……これ、まさか……実験でお前が殺した……」
ヤヤが言葉を詰まらせると、
奥の闇から、シュウがゆっくりと姿を現した。
白衣は血と汚泥で汚れ、唇には異様な笑みが浮かんでいる。
「そうだ。どうだい、綺麗だろう?“再生”という奇跡の形だ」
その言葉に、ヤヤの拳が震えた。
「テメェ……死体を……操ってるっていうのか」
「操る?違うな。蘇らせているんだよ。人間は死んでも無駄じゃない。私の手で“再利用”できる。素晴らしいだろう?」
「再利用、だと……?」
「そうだ。人類を進化させるために必要な犠牲だった。彼らは私の理想のための生け贄となったのだ」
カイトの顔から血の気が引く。
レインも傘を握りしめた。
「……最低。神様でもないくせに、人の死を弄ぶなんて。あなたグズね」
レインが想いをシュウにぶつけた後ヤヤが一歩、前に出た。
その瞳は怒りで燃えている。
「……お前を殺す」
「さてそれはどうかな?フフっ!」
ヤヤとシュウの言葉が引き金となり腐敗した手足が波のように押し寄せた。
数百の死者が、肉の壁のようにヤヤたちへ迫る。
眼球の抜け落ちた顔が叫び、千切れた腕が這い寄る。
吐き出される息は腐った血の臭い。
その全てが――命の冒涜そのものだった。
「行くぞッ!!」
カイトの叫びと同時に、前列のゾンビが突進してくる。
ヤヤは迷わず空中に右手を突き出した。
「――蜻蛉の銃」
空間が歪み、黒い影からリボルバーが生まれる。
闇の粒子が銃身を形作り、冷たい光を帯びた。
ヤヤは素早くトリガーを引く。
「イマジンバレット――撃ち抜けッ!」
撃ち出された一発の黒い稲妻を帯びた弾丸が、空中で分裂した。
一発、二発、三発――いや、十発。
まるで光の群蝶のように散り、
ゾンビの群れへと突き刺さる。
瞬間。
死者たちの肉が白く発光し、灰になって崩れ落ちた。
「……“複製”と“浄化”の弾……!」
レインが息を呑む。
ヤヤは無言で次の弾を想像し装填しながら、
無数の手をすり抜けるように跳び、踊るように戦う。
肩を掴もうとする腕を蹴り払い、
背後のゾンビに振り向きざまに銃口を突きつけ――
「邪魔だッ!」
引き金。
一発で三体が灰に変わった。
「ヤヤ、左だ!」
カイトの声。
すぐにカイトが指を鳴らす。
彼の口から吐き出された煙が、一瞬で人の形を成す。
「“スモーク・マネキン”――行けッ!」
五人の“煙のカイト”が現れ、ゾンビに拳を叩き込む。
煙が衝撃と化して爆ぜ、腐肉を吹き飛ばす。
分身たちは無表情で動き続け、次々と敵を殴り砕いていく。
「ははっ、どうだテメェら! 煙でも殴られりゃ痛ぇだろ!」
カイトが笑うが、その目の奥には怒りの炎が揺れていた。
「――テメェのせいで、こんなことになってんだよ、シュウ!!」
「やれやれ……感情的だなぁ、君たちは。だけどいつまで持つかな。威勢だけではこの状況は覆らないよ」
シュウはコア装置の前に立ちながら、淡々と笑う。
「さっきも言っただろう?これは進化だ。死者に意味を与えた。なぜ否定する?」
「黙れェッ!!」
レインが傘を構える。
次の瞬間、傘の表面が鏡のように光り、空間を切り裂いた。
「霜裂――!」
刃のような氷の斬撃が奔り、
十数体のゾンビの首を一瞬で切断した。
吹き出す黒い液体が床を染める。
それからしばらくの時間が経過する。最初は順調のように思えた戦いも、次第に雲域が怪しくなってきた。
「数多すぎよ!!」
レインが叫び、後退する。
「ヤヤ君!あなたの“浄化”でも全部は追いつかないわ!」
「くっ……まだ百は残ってやがる……けど、止めねぇ!」
ヤヤの頬を血がかすめる。
銃口が火を噴くたび、影の弾が弾け、白い灰が風に舞う。
だが数は減らない。残り半分のはずだがそれ以上の数を感じていた。
カイトの分身が次々と消えていく。
レインの息も荒い。
ヤヤの銃口から、黒煙が上がる。
「チッ……このままじゃ――」
シュウが高笑いを上げた。
「フフフ……!ハハハっ!君たちは絶対に私には勝てない!いかに優れた能力だろうと個人の力には限界があるからね。君たちはここで死ぬ……死ぬんだよ!!」
カイトも煙の刃を振るう。
だが、無限のように思える波は止まらない。
「はぁ……はぁ……これじゃ……マジで終わりだ……!」
カイトが膝をつく。
「クソ、体力も弾も限界に近い……!」
ヤヤも血に濡れた銃を握りしめる。
視界の端で、レインの腕に噛みつこうとする死体を撃ち抜く。
「だが……まだだ……まだ終わっちゃいねぇ!」
「はぁ……はぁ……ヤヤ君……あ、あと何人殺せば終わると思う?」
「レイン……はぁ……はぁ……あと五十といったところ……じゃないか?……ここが踏ん張りどころだ!まだやれるよな?カイト、レイン!」
二人は頷く。後輩が頑張っているのに先輩である自分が弱音を吐くわけにはいかない、そう思うのだった。三人は限界に近い体力を振り絞り戦闘を続ける。
そして残り十人のゾンビがいる中とうとう三人に限界が迎える。
シュウは肩を震わせ、拍手を一つ。
「見事だ……実に見事だよ。たった三人で二百以上の死を超えるとはね。さすがジャスティス……だがここまでのようだね」
シュウの言葉と共に灰と血の混ざった風が吹き荒れる。
ヤヤたちは、もはや立っているのがやっとだった。
カイトの拳は血で濡れ、レインの傘もひび割れている。
ヤヤは疲労で集中力を欠き、想像力が働かずイマジンバレットを精製することができなかった。
「……くそ、弾が……もう、出ねぇ……」
「煙も……切れた……これじゃ……レイン、下がれ」
「もう、下がる足も残ってないのよッ!」
三人は背を合わせる。
ゾンビたちは地響きを立てながら、ゆっくりと輪を狭めていく。
腐敗した指先が、頬に届く距離まで迫っていた。
「ここまで……か」
カイトが呟いた。
ヤヤは血の混ざった息を吐く。
レインは唇を噛んだまま、目を閉じる。
――その瞬間だった。
「おやおや?お困りのようですね~。ヤヤ君♪」
あまりにも場違いな、柔らかい声。
フロアに響いたその声に、三人の時間が止まる。
風が吹いた。
腐臭の中に、どこか懐かしい“花の香り”が混じる。
「……ユウヒ……?」
ヤヤの声が震える。
まさか、ここにいるはずがない――そう思った次の瞬間、彼女は煙の向こうから歩み出てきた。
ユウヒの右手に、淡い緑光が灯る。
空気が震え、光の粒が花弁のように舞い上がる。
音もなく金属が集まり、花の形を描きながら形を成していく。
それは――深緑の拳銃。
「――フローラ・モルティス」
名を告げた瞬間、銃身に刻まれた蔓の模様が光を放つ。
「――ローズ」
ユウヒは花の名を唱え、静かに引き金を絞った。
瞬間、銃口から紅蓮の花弁が散った。
火線が奔り、空間を裂く
命を持たぬ死者たちは、花びらに包まれるように次々と光に溶けていき――
やがて、十のゾンビを一瞬で塵と化した。
沈黙。
シュウとジャスティスの三人はただ呆然とその光景を見ていた。
血と腐臭にまみれた戦場の中、
ユウヒだけが“生”を象徴するかのように立っていた。ユウヒはいたずらに満ちた表情でヤヤの方を見て宣言する。
「正義の殺し屋、ユウヒちゃん参上~♪……なぁ~んてねっ!助けにきたよ!ヤヤ君♪」




