第23話「レインの暴走」
夕焼けで照らされる渋谷のセンター街に二人の影が伸びていた。
ヤヤはお目当ての携帯を購入した後、ユウヒと一緒に帰り道を歩いていた。
「よかったね♪携帯買えて!」
「本当にありがとな。色々あってどれがいいのか分からなかったから本当に助かった」
「でしょ~。こういうのは女の子の方が詳しいからね~。ふふっ……その携帯、ヤヤ君っぽいよ?」
ユウヒは微笑みながら、そっとヤヤの手元の携帯を見てそう言う。
「俺っぽい?」
「うん。無口でクールだけど、ちゃんと優しいところがあるから。ほら、マットブラック。隠れ優男色♪」
「そんな分類あるのかよ」
その甘々な空気に、どこからともなく――
「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁぁ!!!!!」
叫び声が響いた。
周囲の視線が一斉にそちらを向く。
レインが怒りの形相で突撃してきたのだ。背後では、カイトが頭を抱えていた。
「ったく……マジでほっといてやればよかったものを」
「カイトは黙ってて!今、乙女の尊厳がかかってるの!!」
「へいへい……」
レインはそのままユウヒの前に仁王立ち。
「ユウヒちゃん……!勘違いしないで!ヤヤ君はあなたの監視と護衛で学校に行くことになっただけなんだから!」
ユウヒは一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。
その笑みはどこか危うく、けれど柔らかい。
「え~と……あの時ヤヤ君といたジャスティスの人ですよね?」
「そうよっ!同じチームの仲間で、信頼関係で繋がってて、恋愛とかそういうのは別だけど、でも違うのよ!!」
「……ぷっ!アッハハハ!説明、必死だ~!!お姉さん面白~い!!芸人さんかよ~!」
「な、なぁっ?!わ、私は桃瀬レイン!!芸人じゃないから!超カッコよくてセクシーな殺し屋よ!」
「アッハハハ!!なんじゃそれ~!!死ぬ!!面白すぎ!」
「ム、ムカつく~!!何この女!!」
レインが悔しそうに地団駄する中、ユウヒは腹を抱えて大笑いする。
その後落ち着いたユウヒは少し身を乗り出し、ヤヤの肩に指先を滑らせるように触れる。そしてヤヤの耳もとで優しく囁く。
「ねぇヤヤ君……私がいると……迷惑?」
「い、いや……べ、別に」
「そっか。よかった」
ユウヒは少しだけ瞳を細めた。
その距離の近さに、レインの理性がぷつんと切れる。
「ちょ、ちょっと!?近い近い近いぃぃ!!!」
「ん? そう?」
「“そう?”……じゃないの!!ていうかその声のトーン、なんかずるい!!」
カイトはポテトをつまみながらため息をつく。
「……あーあ。こりゃもう止まらん」
ユウヒは肩をすくめて、どこか寂しげに微笑んだ。
「ごめんね。そんなに怒らないで。私ね……ヤヤ君の笑顔が好きなんだ~。さっき、私の前で少し笑ったでしょ?それ見て、なんか……ね」
「……」
その一言にヤヤはユウヒから目を反らし言葉を口にする。
「……俺は笑ってない」
「ヤヤ君……なにかっこつけてんだよ~♪相変わらずツンデレさんですね~♡」
「……っ!?!?」
ユウヒの儚げな笑みにヤヤは再びドキッとするのだった。
自分には見せたことのない照れた表情のヤヤ。レインの目が見開かれる。
「な、なにそれ!そんな言い方されたら……!」
「ん?」
「余計にムカつくのよぉぉぉぉ!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着けって!」
カイトが慌ててレインの腕を引くが、すでに聞く耳はない。
レインは涙目になりながら叫ぶ。
「ヤヤ君はそんな軽い子じゃないの!!そんな……なんかフェロモンで人惑わせるみたいな子に、騙されないんだからね!!」
「お前には言われたくないだろ……」
「カ、カイトは黙ってて!」
ユウヒはというとその言葉を受けても、あざとい笑みを浮かべて、まるで風のように聞き流すのだった。
その空気を破るように、
――カイトのポケットから電子音が鳴った。
「ん?」
カイトが取り出したスマホの画面に、〈天草キョウ〉の名が光る。
「おっと、ボスからかよ」
レインがハッと顔を上げる。
「ボスから? こんな時間に電話くるなんて珍しいわね」
「そうだな。何か緊急のことかもしれないな」
カイトは通話ボタンを押す。
「もしもし、カイトです」
受話口から低く響く声。
『カイトだね。ヤヤとレインも一緒かい?』
「はい。今一緒に渋谷のセンター街にいます」
『そうか。今、急ぎの仕事が入った。ヤヤもレインも連れて、すぐノクターンに来てくれないかい?』
カイトの表情が少しだけ引き締まる。
「了解。……何か、厄介な案件ですか?」
『……内容は来てから話すよ』
そう言い残して、通話は切れた。
カイトはスマホをポケットに戻しながら、
「……だとよ」
と短く言う。
レインが少し焦ったようにヤヤを見る。
「ヤヤ君、行くわよ」
「まったく……今日はイベント盛りだくさんだ」
ユウヒが小首をかしげて、ヤヤを見つめた。
「ヤヤ君、もう行っちゃうの?」
「あぁ。悪い。仕事の件で呼ばれた」
「そか!結構忙しいんだね。ジャスティスも」
ユウヒは微笑んで、ヤヤの胸のポケットを指で軽く突く。
「その携帯、壊さないでね~?あと失くすのもダメですよ~?」
「……わかってる」
「うん!それじゃ行ってよし!」
ふわりと風が吹き、ユウヒの髪が夕陽に揺れた。
カイトが軽くヤヤの肩を叩く。
「ほら行くぞ、青春ボーイ。ボスを待たせるのはまずい」
「ああ!……ユウヒ!また明日学校で!」
「は~い。またね~。ヤヤ君」
ユウヒが手を振る中、ハチ公前で解散となる。
レインはぷくっと頬をふくらませながら、
「……次会ったら絶対ギャフンと言わせてやるんだから」
と呟いた。カイトが苦笑する。
「お前、ギャフンって言葉、ほんとに使う奴初めて見た」
「うるさいっ!」
そんないつもの調子のまま、三人は夜の歌舞伎町へと向かうのだった。




