第2話「正義の殺し屋」
ここはジャスティスの拠点である隠れバー、『ノクターン』のフロア。
煙草の煙とウィスキーの匂いが重なり、夜の深さを際立たせていた。
奥のカウンター席に、金髪に鋭い目付きが印象的な東城カイトはタバコを吸いながら長い足を組んで座り、空になったグラスを無造作に指で弄んでいた。
「……また金スったの?」
隣で足を組む女が、挑発的な笑みを浮かべる。桃瀬レイン。
ピンク色のふわふわロングが、紫の照明を受けて妖しく揺れている。
「うるせぇな。パチンコは夢を買うもんなんだよ」
カイトは肩を竦め、気だるそうに返した。
けれどその口調の軽さに反して、目の奥には借金の影がちらついていた。
レインはグラスを唇に運び、赤い口紅を濡らす。
「さっきね、ボスから電話があったの」
「……ん?」
カイトの眉がわずかに動く。
「新人を一人、スカウトしたんだって」
レインはわざとらしく間を置き、舌で氷を転がしながら笑った。
「新人? ……男か?女か?」
カイトの声色に、期待と興味が混ざる。
「――男よ」
即答するレイン。その唇に浮かぶのは愉快そうな笑み。
カイトはあからさまに顔を歪めた。
「ちっ、なんだよ。女なら面白かったのに」
「ふふ、残念だったわね。ボスがわざわざ拾ってくるくらいだから……普通の子じゃないんでしょうけど」
レインはそう言って、わざとカイトの肩に体を寄せる。甘い匂いがまとわりつく。
「野郎には興味ねぇな」
カイトは不満げに呟き、グラスをあおった。
しかしその横顔には、どこか期待しているようにも見える。
「アタシは楽しみかも♡若いらしいし。童貞君かしら♡」
レインの目だけが、獲物を見つけた獣のように妖しく光っていた。
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夜の街に、冷たい風が吹き抜ける。
歌舞伎町の雑踏から少し外れた裏路地を、月野ヤヤは黒いコート姿の男――天草キョウと並んで歩いていた。
街灯の下で光るキョウの銀髪は、夜気に揺れる炎のように目を引く。
「……なあ」
沈黙に耐えかねて、ヤヤが口を開いた。
「『ジャスティス』って……一体どういう組織なんだ?」
キョウは煙草を取り出し、火を点ける。
赤い火がぼんやりと夜を照らした。
「君も今日からその一員になるからね。教えておくのも悪くないな」
ヤヤは喉を鳴らしてうなずく。
「構成員は――君を入れて四十四人だ」
煙を吐きながら、キョウは淡々と続ける。
「目的は単純。国にとって害となる人間を始末する。政治屋、企業家、ヤクザ、マフィア……選ばれる理由はさまざまだ」
「……ふぅん」
ヤヤはまるで他人事のように反応する。
それからキョウの口元がわずかに歪む。
「正義の名を掲げる以上、表向きは“浄化”だ。だが仕事の中身は、血と死でできてる」
ヤヤの次の言葉を待たずキョウは話を続けた。
「いい忘れていたが掟も覚えておいてほしい。掟はひとつ。仲間の裏切りはご法度だ。破れば死をもって償う。それだけは絶対だ」
その声音は氷のように冷たい。
しばらくの沈黙。その後ヤヤはふと気になったことを尋ねた。
「……報酬は?」
キョウは短く笑う。
「歩合制だ。任務の内容と達成率に応じて金は払われる。腕を磨けばそれだけ稼げる。逆に失敗すれば……」
「ゼロか……」
ヤヤが吐き捨てるように言うと、キョウは煙草をくゆらせながら、静かに頷いた。
「金のために生きるのもいい。復讐や信念のためでもいい。――だが、裏切りだけは許されない。それが“ジャスティス”だ」
「……」
ちょうどそのとき、路地の奥に紫の光が浮かび上がった。
バー「ノクターン」のネオンサインが、夜を妖しく染めていた。




