第1話「水晶を握る者」
歌舞伎町の夜風は、油の匂いと、どこか寂しげな気配をまとっていた。
ネオンの光が路地の壁を赤と青に叩き、影が波打つ——その影の中で、十七歳の少年、月野ヤヤは膝をついていた。
ヤヤの前には、血塗れで倒れた人物。それは唯一心から信頼できた親友――名前はまだ若いヤヤの記憶の中で温度を保っている。
ヤヤは手を伸ばしたが、その手は震え、指の間から赤いしずくが零れ落ちた。路地の石畳に小さな池ができ、そこに二人の顔が歪んで映る。
「バカやろう……」
涙を流しながらヤヤの声は枯れ、夜の喧騒にかき消された。親友の彼は薄い笑みを浮かべ、ヤヤの方を向いて目を閉じた。声にならないうめき、そして最後の呼吸。
ヤヤの世界はその瞬間、固まった。時間は止まり、残骸だけが音を立てて散った。
背後から静かな足音が近づく。
ヤヤは揺らぎながら振り返ると、一人の男が立っていた。
三十代前半といったところだろう。痩せた顔立ちに柔らかな眼差し——表向きは優しい雰囲気を醸し出しているがその背後には夜の獣の気配があった。
「大丈夫かい?」
男は低く言った。声は温かいが、どこかガラスのように冷たい。
ヤヤは唇を噛みしめた。言葉は出なかった。彼はただ、泥まみれの手を握りしめたまま、涙を拭くことすら忘れている。
男はゆっくりとポケットから小さな箱を取り出した
黒檀のように艶のある箱の蓋を、指先一つで開ける。中には透明だが淡い青に囚われた小さな水晶――それは月明かりすら吸い込むように冷たく輝いていた。
「復讐する力が欲しいか?」
その質問は、静かに、だが鮮烈に路地の空気を切り裂いた。
ヤヤは答えない。彼の全神経がその水晶に吸い寄せられる。死んだ胸の奥で何かが蠢き、冷たい希望が芽を出すのを感じた。
「賭けてみないか、その命を。」
男は水晶を差し出した。そしてようやくヤヤは重くなった口を開く。
「……何を言ってやがる」
「力さ。これが本当に強さを与えるかは、賭けだがね……成功は稀……だがもし成功すればその圧倒的な力は君のものだ。」
ヤヤは虚ろな表情で静かにその怪しい男に尋ねる。
「その前にあんた誰?」
男は微かに微笑んだ。掌の水晶が薄く震え、路地の影がふっと濃くなる。
「はは……失礼した。すっかり名乗るのを忘れていたよ……天草キョウ。表では高校の教師をしているが裏ではある殺し屋グループの連中を束ねている。」
「教師が殺し屋のボスとか……日本もいよいよ終わりかもな」
「まぁそう言うな。こちらにも目的と信念があってね。で、どうする?」
「……やる。仇を打たなきゃ、気がすまない性格だからな」
「ふふっ……我々は、君みたいな“賭ける者”を拾う。だが、再度一つ忠告しておく——成功するのは一握り。過去には多くの命が燃え尽きた。君の覚悟を見せてくれ。」
ヤヤは冷たく笑った。笑顔はまだ子供の形をしていたが、そこにはもう昔の柔らかさはない。
「覚悟はある。……俺の全てを賭ける。」
天草は水晶をヤヤの掌に置いた。
冷たさが肉に染み入り、世界が再び動き出す。
路地の向こう、ネオンが揺れ、遠くに救急車のサイレンが鳴り響いた。ヤヤの目は、歪んだ決意で満たされていた。
天草の指が離れた瞬間、掌に載せられた水晶はただの鉱石ではなくなった。
冷たさは次第に鋭い痛みに変わり、氷の針が血管を遡るように走っていく。
ヤヤは思わず叫び声をあげかけたが、声は喉で凍りついた。
水晶の輪郭がじわじわと崩れ、青白い光の欠片となって肉へ沈んでいく。
皮膚は水面のように波打ち、血管が黒く浮かび上がり、骨にまで浸透していくのが分かった。
「う、あ……っ!」
痛みとも快楽ともつかない感覚が全身を蹂躙する。
そして最後の一片が吸い込まれた時、掌に走る激痛はふっと消え、代わりに“異質な存在”がそこに根を下ろした。
手を握ると、皮膚の下で何かが蠢いた。
次の瞬間、掌から黒い煙が立ちのぼり、そこに形を与えられるかのように——漆黒のリボルバーが浮かび上がった。
黒煙に包まれて顕現したリボルバーを、ヤヤは震える手で握りしめた。
その眼差しにはもう、恐怖ではなく——深淵を覗き込んだ者だけが持つ決意が宿っていた。
「……不思議だ。これが普通の銃ではないことは持っただけで何となくわかる」
天草は薄く笑い、闇に沈む少年を見下ろす。
「ほぉ……どうやら君は適正があったようだ。それもその力は……まぁ今はいい。……とりあえず歓迎するよ。ようこそ、“闇”の住人へ。それが君に与えられた力だ。もう後戻りはできない。それから早速だがこの後きてもらおうか。君には私が指揮する暗殺組織『ジャスティス』に入ってもらう」
「……」
「ちなみに君に拒否権はない。さっきの水晶……あれはロシアが軍事利用のため極秘で開発した人間の潜在能力を引き出す装置……一億はする代物さ。その身なりから見ると払えまい。」
「……そんなことだろうとは思ってたよ。だが俺は何処にも属す気はない。基本的に人が大嫌いだからな」
「くっくっく……人が嫌いなら尚更都合がよいと思うがね。我々は正義の殺し屋でね、政府との取引で我々は悪人であればいくら殺しても罪に問われることはない、法で裁きを受けない存在なんだ。目には目を、そして悪には悪をという意図だろう。フフっ……友の仇をうちたくはないか?奴を殺したくはないか?」
「……わかった。案内してくれ。」
夜の路地に、サイレンとネオンと共に、ひとつの運命が動き出していた。
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