【12】混迷見習い会議
ティアがフレデリクにライバル宣言をした日の夜。夕食の後に見習い魔術師達は全員、共通授業の教室に集まった。
昼間は進展しなかった代表者決めについて、再度話し合うため。そして、一ヶ月後に迫った魔法戦の情報共有をするためだ。
十二人の見習い魔術師達は各々椅子を動かして、円形になるように座る。
最初に口火を切ったのは、セビルだ。
「代表者決めの締切の方が近いが、このままでは、代表者はすんなりとは決まるまい。ならば代表者決めは一度保留にし、魔法戦の情報共有を先に行いたい」
ティアは「はぁい!」と元気に頷いた。他の者もまばらに頷く。一応異論はないらしい。
こういう時、真っ先に自己主張をするロスヴィータとユリウスも、今はまだ静かだ。
「では、わたくしの方で知り得たことを報告するぞ」
補足情報がある者は適宜挙手をするように、と一言添えて、セビルは自身が集めた情報を披露する。
「まず、魔法戦の会場だが、〈楔の塔〉南東にある、入門試験で使われたあの森だ。ただし森の全域ではなく、ある程度範囲は絞るらしい。対戦相手については、ティアが聞き込みをしてくれた」
「ピヨップ!」
相槌がわりに一鳴きし、ティアはリカルドから聞いたことを思い出す。
「えっとね、対戦相手は討伐室のフレデリクさん、リカルドさん、ヘレナさんの三人で、フレデリクさんを倒せば勝ちなんだって。リカルドさんとヘレナさんは、防御と援護しかしないって言ってたよ」
「……疑問が」
ボソリと口を挟んだのは、ゲラルトだ。
普段この手の話し合いに口を挟まないのに珍しい。
ゲラルトは長い前髪を指先で弄りながら、ボソボソと言った。
「僕は、魔法戦に詳しくないのですが……時間制限はあるのでしょうか?」
ティアはペフッ、と驚きの声をあげた。
戦闘に時間制限を設けるという発想がなかったのである。
だが、人間は授業だってきちんと時間で区切るのだ。模擬戦闘も授業の一環だから、時間で区切ってもおかしくはない……とティアが一人納得している間に、ユリウスが口を開いた。
「くくっ……今回の制限時間は一時間だ。一時間以内にフレデリク・ランゲを倒した場合、或いは見習いが誰か一人でも戦闘不能になっていなければ、勝利となるらしい」
「じゃあ、オイラ達……逃げてれば勝てるってこと?」
「だ、だったら、それで良いじゃんかぁ……一時間ずっと隠れようよぉ……」
気弱なフィンとゾフィーの言葉に、「ちょっと待った」と口を挟む者がいた。
とんがり帽子のロスヴィータだ。
「そんな消極的な勝ち方なんて、認めないわ。やるからには完全勝利よ」
頑ななロスヴィータに、ルキエが冷めた目を向ける。
「勝ちなら、なんだっていいじゃない。逃げるのは卑怯なことじゃない。戦闘能力のない者が強者から逃げきるのだって、訓練として充分意義があるでしょう」
「だったら、あんた達は逃げて隠れてればいいわ。アタシは一人で戦うから」
職人志望で、元より魔法戦で戦闘するつもりのないルキエと、自分の実力を知らしめたいロスヴィータでは意見が合わないのは当然だった。
更に、オリヴァーも律儀に挙手をして発言する。
「俺も逃げるつもりはない。兄者に勝利し、俺が討伐室に入ることを認めてもらわなくては」
フレデリクを倒して勝つか、逃げ切って勝つか──この選択は、意見が分かれているようだった。
ティアはロスヴィータやオリヴァーと同じだ。戦うなら勝ちたい。だって、ライバル宣言をしたのだ。
(でも、それを他のみんなに強要するのも違う気がする……)
ピロロロロ……とティアは唸る。
微妙に空気が険しくなる中、のんびりと発言した者がいた。
モジャモジャ赤毛のローズだ。
「逃げるのが悪いとは言わないけど、逃げて隠れるだけで勝つのは、難しいと思うぜ〜」
「そう思う根拠は?」
鋭く問うルキエに、ローズはモジャモジャ頭をかきながら答える。
「だって、森の全域じゃなくて範囲が絞られてるんだろ? 更に、敵は飛行魔術使いだから、空からこっちを探せる」
ローズの言葉に、エラも難しい顔で頷く。
「確かに、建物とか人混みならともかく、森の中を一時間逃げきるのは、ちょっと難しいかもしれませんね……」
そこでエラは言葉を切り、ずれた眼鏡を持ち上げて、何かを思い出すような顔で続けた。
「魔法学校では、感知や索敵の魔術を使う人もいました。討伐室は魔物と戦う方々なので……感知や索敵もできると考えた方が良いと思います」
ティアは、ロスヴィータが操る水の魚を思い出した。ロスヴィータはあの魚と視界を共有できるのだ。
それと似たようなことを、フレデリク達ができないとも限らない。
そこにすかさず、セビルが口を挟んだ。
「ならばわたくしは、逃げながら戦う、という戦法を提案する」
全員の注目がセビルに集まる。
セビルが不敵に唇の端を持ち上げた。
「戦闘の苦手な者が逃げる振りをして敵を引きつけ、戦闘の得意な者が敵の背後に回り込んで、攻撃をするのだ。反撃をされて体勢が崩れたら散開。再び、逃げる、引きつける、奇襲を繰り返す。こちらの方が人数で有利だからこそ、できる手だ」
好戦的だが、冷静な判断もできるセビルらしい提案だ。
ただ闇雲に攻撃するのではなく、逃げて隠れることも作戦の一部として織り込んでいる。
ティアは素直に感心した。
(セビルはすごい。頭が良い)
みんなでワーッと群がって、ワーッと引っ掻くだけのハルピュイアにはできない発想である。
ティアが尊敬の目を向けると、セビルはフッと微笑み、そして胸を張って宣言した。
「──というわけで、指揮を執るわたくしが、見習いの代表者で問題ないな!」
「ちょっとぉ!?」
「く、く、くくく……最初からそれが狙いで、魔法戦の話を切り出したのか」
ロスヴィータが不満の声をあげ、ユリウスが肩を振るわせる。
セビルは悪びれもせず、頷いた。
「いかにもその通り! 情報収集の成果を披露し、的確な作戦を提案することで、わたくしが代表者の地位につく算段だ!」
「そこは取り繕えよ、お前はさぁ……!」
レンが悲痛な顔でボヤくが、気にするセビルではない。
セビルの発言に、代表者争いで前からもめていたロスヴィータとユリウスが、再び主張を始めた。
「代表者なら、アタシがなるって言ってるでしょ!」
「くく、これだけの人間をまとめられるだけの実力もないのにか?」
「言ったわねっ!? アタシは、あんたみたいに精霊を奴隷みたいに利用してる近代派なんて、信用できないって言ってるのよ!」
ピロロロロロ……とティアは喉を鳴らした。
そろそろ、この不毛な話し合いが嫌になってきたのだ。
ハルピュイアは、歌いたいと思った時に歌う生き物である。
今も歌いたいなぁと思ったので、ティアは一切の躊躇なく口を開いた。
「『ララルゥア・ララルゥア・メーテア』」
「具体的に作戦を立案でき、甘い物が大好きなわたくしが代表になるのは、自然の流れであろう!」
「『ララルゥア・ララルゥア・メーテア』」
「ククッ、ならば、俺が代表になり、デザートの権利を譲渡する。それで俺の派閥に入るというのはどうだ?」
「『ララルゥア・アルシェ・ディーアーヴァ』」
「あんたはやり口が汚いのよ! もう頭にきたっ、だったら代表者になりたい奴は全員表に出なさいよ! 魔術勝負で決着を……」
「『アシュラゥ、テーリィナ……オズロゥ、ツェー・リー・ヴァ』」
セビル、ユリウス、ロスヴィータが口を閉ざしてティアを見る。
揉めていた三人だけじゃない。教室中の者がティアを見ていた。
これは決して、歌声にうっとりしているわけではない。なんでこのタイミングで歌ってるんだ、こいつは。という顔である。
だが、その手の視線を全く気にしないティアは、気持ち良くのびのびと歌った。やっぱり歌は良い。
キリの良いところまで歌い終えたところで、ティアはニコニコしながら言った。
「ピヨッ。話し合い飽きちゃったから、わたし歌ってるね。何か決まったら教えて?」




