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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
六章 楔の塔の秘密
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【11】歌詠魔術


 一ヶ月の準備期間を経て、討伐室との魔法戦を終えたティア達を待っていたのは、勉強、勉強、勉強の日々である。

 午前の共通授業では、今まで通り基礎学力を上げるための勉強を、そして午後は近いうちに行われる筆記試験に向けて、ヒュッターがみっちり勉強を教える。


「よーし、ティア。『氷』は?」


 ヒュッターに指名されたティアは、属性を意味する言葉を歌にして口にする。


「ピロロロ……フォイ、ウェル、ヴェラ、グィオ……『ツァイ』!」


「正解。それじゃ『剣となりて』」


「メルメル……メル…………『シャルグ、メルゼ』!」


 ティアが元気良く答えると、ヒュッターがフンフンと頷いた。


「やっぱりお前は、聞いて覚える方が向いてるんだなー。でも、試験中にうっかり声に出さないよう気をつけろよ」


「ピヨップ! はぁい!」


 返事をしながら、ティアは羽根ペンを動かし、詠唱式を紙に書く。

 手の指を使うことに不慣れなティアは、レンやセビルと比べて、書き取りが圧倒的に遅い。だから、口頭で答えられた問題も、その都度紙に書いて、手を使うことに慣れようと思ったのだ。

 それぞれ自分の問題に取り組んでいたレンとセビルも「良い調子じゃん」「順調だな」と褒めてくれた。

 それが嬉しくて、ペフッと喉を鳴らしていると、ヒュッターが少し考えるような素振りをして言う。


「昨日の魔法戦で、お前達は自分が向いている魔術や、できそうな魔術を調べ、実際に使ってみたわけだが……」


 改まった態度のヒュッターに、三人は書き物をする手を止める。

 ヒュッターはまず、セビルとレンを見た。


「セビルの魔法剣とレンの筆記魔術。これは継続して訓練すれば、いずれはモノにできるだろう。ただ、ティア」


「ピヨッ、はいっ!」


「飛行用魔導具は、使い手であるお前の身体能力と、魔導具職人の腕の、両方が必要になるな?」


 ティアは姿勢を正して、フンフンと頷く。

 ヒュッターはゆっくりと息を吐き、少しだけ険しい顔をした。


「で、お前の身体能力はもう充分高いって、カペル室長も言っててな。つまり後は道具の性能次第なわけで……そうすると、お前にできることがなくなる」


 無論、もっと飛行用魔導具を使いこなすために、訓練をするのは悪いことではない。

 ただ、肝心の飛行用魔導具本体については、ティアが関与できないのは事実だ。


「そこでなんだが、歌詠(かえい)魔術に興味はないか?」


 ヒュッターの提案に、目を丸くしたのはティアだけではなかった。レンとセビルも、なんだそれは、と言いたげな顔をしている。

 二人も知らない言葉なら、堂々と質問しても良いだろう。


「ヒュッター先生。歌詠魔術って?」


「古典魔術で、詠唱の代わりに歌うやつだ。魔力放出手段が近代魔術とは違うらしくてな。少量ずつ魔力放出するより、ワーッと大量の魔力を放つ奴向きらしい。興味があったら、今度資料を集めておいてやるが、どうする?」


 ティアが〈楔の塔〉に来たのは、空を飛ぶ手段を得るためだ。

 既に、飛行用魔導具という道筋ができた今、他の魔術を学ぶ必然性は薄い。

 それなのに、ティアは即答していた。


「やる! やってみたい!」



 * * *



 午後の個別授業が終わった後、ティア、レン、セビルの三人は庭園に向かって歩いていた。

 昨日、話をしたあのガゼボで、情報交換をするためだ。

 歩きながら、レンが言う。


「正直、ちょっと意外だった」


「ピヨッ? 何が?」


「歌詠魔術。空を飛ぶのに向いてる魔術ってわけじゃないんだろ?」


 そう、レンの言う通り、歌詠魔術は自分の周囲に働きかける魔術で、風を操り、体を浮かせる程度はできるかもしれないが、飛行魔術のように自由自在に飛べる性質のものではない。

 セビルも興味をひかれた顔で、ティアに訊ねた。


「やはり、歌だからか?」


「ピロロ……それもあるけど、ちょっと違くて……なんて言えばいいかな……」


 自分は魔術師になるために〈楔の塔〉に来たわけではない。

 だから、飛べる手段さえ見つかれば、それでいい。

 ここに来たばかりの頃はそう思っていたのに、昨日の魔法戦を経て、ティアの中で何かが変化していた。

 それはティア自身、上手く言葉にできない変化だ。


「昨日の魔法戦で、できること、もっとあったらいいのに、って思ったの」


〈嗤う泡沫エウリュディケ〉の暴走に直面した時、ティアは確かに、人の姿のまま歌声に魔力をのせることができた。

 歌詠魔術ならば、魔力放出ができるかもしれない。


(できることが増えれば……増えれば、なんだろう……?)


 続く言葉が思いつかず、ピロピロ鳴いていると、セビルがポンと肩を叩いた。


「良い心がけだ。褒めてしんぜよう」


「やったぁ!」


 セビルやレンやヒュッターが褒めてくれると、嬉しいから。

 今は、その理由だけでいい。

 大事なことはいつだって、後になって気づくものだから。




 やがて、ガゼボが見えてきたところで、セビルが二人に目配せをした。

 見覚えのある人物がウロウロしている。いつも死にそうな顔色の、茶髪の中年男──指導室の魔術師アルムスターだ。


「アルムスター先生、こんなところで何してるんだろ?」


 ティアが呟くと、レンが肩を竦めた。


「さぁ? ただ、あの人、なんかいつも後ろめたそうにしてるからさぁ……こういう庭園で見かけると、死体でも埋めてきたんじゃね? って気になるよな」


 レンの軽口に、セビルが腕組みをして頷く。


「確かに、いつもオドオドしているな。指導室内でぞんざいにされている風には見えぬが」


 見習い魔術師の指導員はヘーゲリヒの部下四人。

 ヒュッター、レーム、ゾンバルト、そしてあのアルムスターだ。

 近代魔術の魔術師で、特に付与魔術を得意としている、ぐらいのことしかティアは知らない。

 やがて、アルムスターが立ち去ったのを確認し、三人はガゼボに移動した。

 昨日と同じように、セビルがベンチの中心。左右にティアとレンが座る。

 ティアが周囲に人の気配がないことを確認し、レンが口を開いた。


「メビウス首座塔主と、ミリアム首座塔主補佐のこと、ちょっと調べてみたぜ。財務室の人に、メビウス首座塔主の目に留まるにはどうしたらいいかって相談してみたら、色々教えてもらえた」


 財務室のカウフマンという男は、レンのことをかっているらしい。

 レンが上昇志向のある若者の振りをして、メビウス達の目に留まる方法を教わりに行ったら、色々な話が聞けたのだという。


「まず、首座塔主と首座塔主補佐、二人とも普段は第一の塔〈白煙〉の最上階にある執務室にいるらしい。で、その執務室の横に仮眠室があって、普段はそこで休んでるんだと」


 ティア達、見習い魔術師は第一の塔〈白煙〉の所属で、主にそこの一階で授業を受けている。

 だが、今まで〈白煙〉の中で、メビウスやミリアムを見かけたことはない。

 その疑問に、レンはあっさり答えた。


「メビウス首座塔主は魔物討伐のためにしょっちゅう外に出てるらしい。逆にミリアム首座塔主補佐は留守を預かる身で、普段は執務室に篭りきり」


「ふむ、塔の最高責任者が前線に立つのは、賛否ありそうだが……ミリアム首座塔主補佐が、よほど上手く塔の内務を回しているのだろう」


 セビルの呟きにレンが小さく頷き、報告を続ける。


「あと、エーベル塔主な。第一の塔〈白煙〉塔主の、あの優しそうなおばちゃん。あの人がミリアム首座塔主補佐の、そのまた補佐みたいなことをしてるらしい。で、エーベル塔主の手足が総務室長と財務室長」


 ティアは「ピロっ?」と声を漏らした。

 この〈楔の塔〉の組織図をティアは若干うろ覚えだが、それでも自分が所属する第一の塔〈白煙〉のことは分かる。

 第一の塔〈白煙〉にあるのは、総務室、財務室、そして指導室だ。


「ねぇ、レン。ヘーゲリヒ室長は? 指導室の室長だから、エーベル塔主の部下だよね?」


「そのへんは派閥争いってやつでさ……エーベル塔主、総務室長、財務室長は古典派なんだけど、ヘーゲリヒ室長は近代派の魔術師なんだよ」


 まるで、近代派のユリウスと古典派のロスヴィータみたいだ。

 見習い魔術師達の中では、あまりとりあげられない派閥争いだが、上層部に行くほど顕著になるものらしい。


「ピロロ……つまり、ヘーゲリヒ室長は近代派だから、あまり仲良くしてもらえない?」


「そういうこと。俺は逆に安心したね。ヘーゲリヒ室長が、塔の秘密には関与してなさそうでさ」


 確かに、あのヘーゲリヒがメビウス達に加担していたら、ティアは少し、かなり、ションボリしていたと思う。


「そんでもって朗報。今日からまた、メビウス首座塔主が討伐で外に出るらしい。〈楔の塔〉を調べまわるなら、今が絶好のチャンスってわけだ」


「じゃあ、はい。わたしからも!」


 ティアはベンチから身を乗り出して、レンとセビルを見る。


「わたし、閉じ込められていた時のこと、頑張って思い出してみたんだけど……」


 白を基調とした綺麗な部屋。

 今思えば、あの部屋にはおかしな点がある。


「あの部屋は、窓がなかったの。わたしが逃げる時に使った通路も、風の流れが弱くて、ヒンヤリ冷たくて、ちょっとジメッとしてて……」


「地下室だ」


 セビルの言葉にティアはフンフン頷く。


「そう、それ。わたし、人間が地面を掘って大きな部屋を作るなんて、考えたことなかったの。でも、セビルに聞いたら、できるよって言われて」


 これは昨晩、宿舎の部屋でセビルに相談して確認したのだ。

 人間の住居に疎いティアにとって、地下室の存在は盲点だった。

 もしかしたら、魔女の屋敷にもあったのだろうか? あまり屋敷を歩き回っていないから、考えもしなかった。


「わたしが捕まってたの、地下室だと思う」


 断言するティアに、セビルが一つ頷く。


「〈楔の塔〉は古い建物だ。歴史を紐解くと、かつては罪人を収監するための牢獄だったと言う。ならば、地下室の一つや二つ、あってもおかしくはあるまい」


 ティアを閉じ込めた憎い相手。それが、自分達の足の下にずっといたかもしれないなんて──なんだか変な気持ちだ。

 ティアが閉じ込められていた場所の予測はできた。

 そして、おあつらえ向きに今夜、メビウス首座塔主は〈楔の塔〉を留守にする。

 セビルがティアとレンを交互に見て、宣言した。


「今宵、探すぞ。地下への入り口を」


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