古典的呪い
ひとねの過去を聞いて一週間過ぎた。あれだけ言っておいて、全く進展はしていない。
高校も春休みを控え授業も少なくなり、いつもより少し早めに地下図書館へと足を運ぶ。
扉を数回ノック。声というよりは音に近いやる気ない返事を聞いてから部屋に入る。
「昼飯は食ったか?」
「言われなくとも食べたさ」
ひとねはこちらに目を向けずパソコンの画面を見ている。
「メールか?」
「ああ、知り合いからだ」
「知り合い? ほぼ引きこもりのお前に?」
「君も知っている人だよ。狸の人だ」
「狸?」
記憶を探る。ひとねと俺の共通ならば怪奇現象関連だろう。幾つもある事件を思い出していき、とある事件を思い出す。
「ああ、狸寝入りか」
「その通り」
元鞄職人で今はスイーツ職人。狸寝入りに取り憑かれ幽体離脱をしたあの人だ。
モニターに映る文を読む。どうやら新作スイーツの味見をして欲しいらしい。
「いくのか?」
「もちろんだとも、明日の昼に集合だ!」
*
「お味はどうでしたか?」
狸幽霊のスイーツ職人、苗字は豆田というらしい。彼が作ったスイーツを平らげてひとねは満足そうに口を拭く
「とても美味しい。でもバニラアイスはもう少し甘くない方がいいね」
「なんだ、甘ければいいわけじゃないのか」
「私は糖分の亡者じゃない。ま、それはさておき……」
ひとねの顔が変わる。スイーツを食べる時の年相応のソレから推理をするときのソレに……
「何か依頼があるんじゃないかい? わざわざ私を呼んだのには理由があるんだろう?」
その鋭い目は豆田に向けられている。少しの間戸惑い、頭を掻く。
「バレてしまいましたか……はい、実はまた怪奇現象に遭遇しまして」
「不運な事だね……どんなものだい?」
「墓が……」
「墓荒らし系か、厄介だね」
「いえ、荒らされているというよりむしろ……綺麗になってるんです」
「……何ですか、それ」
*
俺たちは店の奥にある休憩室に通された。さっきとは違う和菓子とお茶が置かれ、向かい側に豆田が座る。
「墓が綺麗になっていた、と。綺麗さっぱり無くなったわけじゃあないね?」
「ええ、親戚も管理人も、誰も墓参りなんてしていないのに綺麗になっていまして」
ひとねは少し考えてスマートフォンを操作する。似非英国紳士が残した怪奇現象データを取り込んだらしい。
「その現象なら十中八九『墓磨き』だろう」
思ったよりそのまんまの名前だったので豆田が目を丸くする。
「墓磨き、ですか?」
「その名の通り墓を勝手に磨く怪奇現象だ」
「じゃあ害が無い?」
「いや、墓磨きは江戸……だったかな? とりあえず昔から伝わる呪いが元になっている」
呪い、と言われても藁人形のように怪しいアイテムも無し。呪いらしくない。
「墓を磨くとどうなるんだよ」
「墓を綺麗にすればいつでも使用できる。つまり次に誰かが入るための準備という訳。もちろん親族が綺麗にするのはカウントしない。
元々はおまじないレベルの嫌がらせ、それでも広まれば怪奇現象になる」
「つまり、その怪奇現象を放っておくと……」
「ああ、豆田は死ぬだろう。でも対処は簡単だ、追い払えばいい」
「え?」
「直接対面して追い払えばおしまい。現行犯逮捕で終わりだよ」




