5-3 販売戦略
「うん、良い出来だ。さすがピエールの息子さんだけある」
「アラン様、お褒めにあずかり光栄で。」
「お世辞ではなく、本心からだ。アリーシアから働きぶりは聞いていたけれど、職人としてだけでなく、工房の管理者としてしっかりやっていけそうだね。」
「いえ、それは父や職人の方々あってこそ。自分の力が発揮できるのは、みんなのおかげです」
兄・アランは書斎で、テトと商談の話をしているのに同席したアリーシアだ。テトたちが作った新作の冊子について、最終的な仕上がりを確認しているところである。
テトとザッカスが目論んできたことは、一作目の後編となる二作目の作品を作っていたことだった。一作目はオリジナル要素を盛り込んだものの、サンパウロ様の伝記という大筋はぶれることない。二作目は完全にオリジナル要素であった。アリーシアはその原稿を見たとき、面白いと単純に思った。だけれども心から賛同できない点も実はある。兄にその話を見せたところ、兄は知っていたらしく、二作目の話は気に入ったと話している。
兄とテトがこの企画については、大変面白く、やる意義があると言う。アリーシアは口をはさまないことにした。
アリーシアは漫画として本が出せるのは嬉しい気持ちはある。あるのだが……………。
「いくつかの販路を考えていてね。まずはこの漫画という形式の本だったね。これをどう見てもらえるかというのは、考えがあってね。一番はやいのは、貴族の流行にすることだね。貴族が好んだということは、国民にも関心を持ってもらえるから。まずは貴族に、試験的に渡そうかと思っているんだ」
「わかります。限定品ってわたし弱いもの」
兄・アランの漫画の販売についての作戦は、とても的確であった。限定品というのに、人間は弱い。まして侯爵家が新しく考えた、漫画という本というものを秘密裏に手に入れば、中身は関係なく付加価値がつくものである。まして中身は目新しく、誰にでもわかりやすい内容である。内容は子どもも大人も楽しめる伝記をモチーフにした題材であるので、一般向けあるといえるだろう。
まずは口コミを頼りに広めていくのである。貴族への販売は少量であり、なおかつ装丁などはこだわって、多少値段が高い方が所有した時の満足感が高まるだろう。次に流行を作り出す算段として、商人やお金のある層へ販売していく。それも紹介制など、なかなか手に入らないようにしていけばいい。付加価値が高まるのである。噂が噂を呼べば、さらに人間はほしくなるものである。一定以上の反響があれば、資金も確保できるし、販売した結果の確信が強くなるものだ。次は大々的に、今度の装丁は簡易に、そしてコンパクトに。誰でも簡単に手に入りやすいものを作り、販路を拡大していけばいい。
「この本については、もう王家の方々に献上したいと思っていてね。正式にはまだ献上はしていないけれど、父を通じて、エンドリク様とエドワード様にお渡しした。とても面白かったとおっしゃってくれて。いい手応えを感じている」
「まあ、エンドリク様たちに! 」
「エドワード様は、小さい頃からサンパウロ様の伝記を好まれているから、とても気に入ってくれたようでね。いろんな貴族に広めたいとのことだよ」
「そ、そうなの」
アリーシアは頷いた。
「ここだけの話だけれど、最近サラ様が少し体調を崩されていてね。だから気晴らしに漫画を読んでもらったらどうか、という提案もしてみたよ。サラ様も気に入ってくださったみたいだよ」
「サラ様が?お体が心配だわ」
「そうだね。マリアンナの息子さん達が医療斑を作って、少し様子をみるとも言っていたから。大病ではないといいね」
サラ様は政治の世界にはほとんど出てこないので、お加減がすぐれないと聞けば、余計に心配になる。現・国王にも、エンドリク様にも優秀な部下が多数いるので、王妃となられるサラ様が特に出てこなくても、支障はそれほどないのだ。もちろん大きな式典などは出られるが、体調を崩しやすいので、ほとんど見ることはない。アリーシアも数度拝見した程度だが、とても儚げで美しい人だった。優しく常に微笑んでいる人で、あんなに強気なエドワードとは似ていない。エドワードはエンドリク様にそっくりである。
「では、このまま印刷にまわさせてもらいます。装丁につきましては、また改めてデザインなどの案などをもってきます」
テトはまだ請け負っている仕事があるらしく、書類をかかえて出て行った。アリーシアも兄の部屋から退出して、午後は書庫にこもって本でも読みたいと思った。兄も学校と家を往復するような生活を最近していて、学校の勉強もしているが、家での仕事もし始めている。学校でできた仕事仲間といくつかの仕事を考えているらしく、大変忙しいのは伝わってきた。アリーシアはお腹もすいてきたので、アポロと一緒にお昼ご飯を食べようと思って、食堂へ歩いて行った。




