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オタク気質が災いしてお妃候補になりました  作者: 森の木
第三章

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3-1 母の仕事


 アリーシアは珍しく、母の仕事場にいることになった。母の仕事場というのは屋敷にある部屋の一つで、書斎近くにある大きな部屋である。立派なデスクと、本棚があり、いくつか小さな机も並んで置いてある。

言い換えるなら簡単な事務所みたいになっている。


 母の仕事と言えば、家と領地の管理、それにともなう事務作業。執事が父の仕事のスケジュールの管理や、マネージャー兼秘書のような仕事をしている。母の仕事はそれ以外全般の仕事である。


 父は休日以外、城に行き、王宮内の近衛兵や王を守る親衛隊の管理および訓練をしている。そういったことで家のことはほとんど母の仕事になる。母も洗濯や料理といった一般的な家事はできるものの、メイドにすべて任せている。母は家に訪ねてくるお客様の応対、ならびに商人との折衝、領地においての諸問題を監督している。だから平日母は家にいるとはいっても、子どもたちに構う暇など全くない。


 何人か貴族の娘を事務作業の補佐として雇ってはいるものの、適齢期がきた娘達はお嫁にいくことも多い。そういうこともあり補佐の仕事をしている女性は代わることも多かった。しかし皆、母が雇うと決めた女性たちで、とても真面目で働きものの女性ばかりであった。


 貴族と言っても働くことをよしとしない貴族も多い。特に結婚前の女性が働くなど、言語道断という人もいる。しかし貴族といってもお財布の事情は様々で、爵位は低くても、お金がある家もあれば、爵位がそれなりでもお金はない家もある。

 そういったとき貴族の娘が働ける場所はそれほどない。一般的には、貴族の家庭教師や、貴族の子どものベビーシッターのような仕事もあるにはある。しかし身分が高い人になるほど、そういったことをすることは下賤であるというような体裁にこだわることもある。

 アリーシアの母が雇った娘達も、男爵から伯爵と身分が様々だ。侯爵家での花嫁修業兼結婚前に家の管理が勉強できるという名目で、意外と働き手に需要はあるようだった。

 現在も3人の貴族の娘が働いている。それぞれ、男爵、男爵、伯爵家の娘である。

 一人は母の実妹がいる。母にはたくさんの兄弟がいて、下の子だと母が嫁いでから生まれた子もいるらしい。ということは、アリーシアと年齢がそれほど変わらない叔母もいるということだろう。





 話は戻る。今日はなぜアリーシアが母の職場にいるのか。アリーシアはアポロと遊んで一日が過ぎることが多い。しかし今日はアポロが出かけている。


 実はアポロは父と一緒に親戚まわりをすることになった。いつもは兄がついて行くのだが、兄が寄宿舎へ行ってしまったので、今回から当分そういう役割はアポロになる。アポロは最初どこかへ出かけられると喜んでいたが、おとなしくした上に、たくさんやらないといけないことがあるとわかったら、途端行きたくないとごねだした。しかしアリーシアが、「行ったらおいしいクッキーをあげるし、本も読んであげる」と美味しいエサをぶらさげて、ようやく行くことを決めた。


 アリーシアもアポロの操縦は慣れてきたものだ。

 アポロも貴族としてのつきあいは必要になる。こういったことで慣れていくしかないだろう。

行くと決めたものの、心細いのか行く寸前まで母から離れたがらなかったアポロである。

母にぎゅっと強く抱きしめてもらってから、何度も振り返りながら馬車へ乗った。


 アリーシアは午前中、いつものように家庭教師に勉強を教えてもらい、お昼を食べてゆっくりした。

その後は一人でいるのも退屈で、母の仕事場へ行って本を読んでいた。


 母は机で書き物をしている。そして今日も貴族の娘三人が出勤して、それぞれの仕事をしている。計算をしたり、書類をまとめたり、彼女たちはお互いの仕事の話も忙しく、アリーシアの入る隙間などなかった。アリーシアは自分も前世はこういう仕事の風景で働いていたことを思い出した。

 前世の仕事はとにかく大変だった記憶がある。毎日仕事をして、帰って寝て、そして仕事をしてどうにか休日まで続けるといったことが思い出された。休日は、漫画をみたり、動画をみたり、アニメをみたり、ブログで新作の映画やアニメの感想を読んだり、新しい話題のアニメをチェックしたりととにかく忙しかった。ためていた家事も休日にしないとならないため、ゆっくりオタクのためお時間が最高に幸せだ。

 アリーシアの母の仕事場はとてもいい環境で、休憩は好きにとっていいし、ご飯も当家で出る。朝10時くらいから午後4時くらいの勤務だろう。それでそれなりにお給金がでるのだからとてもいい仕事だなとアリーシアは思った。


 もちろん3人いるので、お休みも調整すれば好きにとることが出来る。人数が足りなかったら手伝いも気軽に頼めるのである。そういう意味で、環境もギスギスしていないし働いていて娘達の顔はイキイキしていた。


「アリーシアちゃん、お菓子食べる?」


 声をかけてくれたのは、アリーシアの叔母にあたる男爵の娘・レインだ。レインは母似のクール系美人であり、性格は明るくよく笑う元気な人だ。年齢は20歳くらいだろう。アリーシアが部屋の隅っこでおとなしく本を読んでいると、声をかけてくれる。


「レインちゃん食べる」


 叔母といってもお姉さんといった感じであるので、本人から「ちゃん付けして」と初対面の時に言われた。レインは休憩時間になったようでアリーシアにお茶の時間を一緒にすごそうと誘ってくれた。


 「アポロはうまくやっているかしらねー」


 「うん、お父様を困らせてないといいけれど」


 「サン様なら平気でしょう」


 「でも、急にいなくなったりしたら大騒ぎになるでしょう? 」


 「アポロは元気だからね」


 レインはいつも明るく、アリーシアがアポロを心配しても、笑って受け流す。そういうレインの前向きさはとても居心地がよく、アリーシアはレインが好きだ。


 「アポロくらいの子なら、みんなもう怪獣みたいに元気だよ。この前、孤児院に視察へ行ってきたときは大変だったよ。子どもたちが一斉に飛びかかってくるし、とっても疲れたよ」


 「孤児院? 」


 「そう、私の姉が経営している孤児院に定期的に様子を見に行っているんだ」


 「レインちゃんのお姉さんってことは、母様の妹?私の叔母さんなのかな」


 「そうそう、アリーシアは面識がないけれど、私の一つ年上の姉。マリア姉さんだよ」


 「マリアさん……。孤児院ってどのくらい子どもがいるの? 」

 

 「そうだね、いくつかあの付近には孤児院があるけれど。そのなかでも大きな規模だから今は50人くらいいるんじゃないかな。子ども達がみんな元気だから、体力がもたないわ」


 「孤児院には私くらいの子どももいるの?」


 「そうだね、下は1歳くらいから上は15歳くらいまで。なかなか文字や計算を教える人がいなくてね。大きくなっても、働く場所が見つからなかったりして、色々大変みたい」


 「文字……」


 アリーシアは考えた。孤児院では、文字を読むことが出来ない子どもは多いだろう。まして貴族や知識人が学ぶ計算など、よほど理解がある人ではないと教えないだろう。というより、教えないのではなく、教えることができない。教育には時間もお金もかかるのだ。


 「私も行ってみたい」


 アリーシアは思った。アポロは絵本を見ながら、字を学ぶことが出来ている。だったら絵本をもし作ることができ、その子たちが自主的に学ぶことができたらいいのではないかと。


 「ええ!?アリーシアちゃんが?うーん、リリア姉さんに聞かないとなんとも言えないかな」


 「そうなの……」


 「街の中心部の大通りから近い場所に孤児院はあるから、治安は悪いところではないの。行けなくはないと思うけれど、全く危険がないという訳でもないからね。でもいろんな人に会うことは、いいことだと思うよ」


 「うん」


 「じゃあ、リリア姉さんにあとで聞いてみるね」


 「ありがとう、レインちゃん」


 アリーシアは、子どもたちにサンパウロ様の話を広めるという裏の野望も見いだした。



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