2-6 ピエールの息子
それから数ヶ月。
何度か屋敷にピエールが来て、家族の肖像画を仕上げていく。それなりの大きさの絵画であり、創作時間はそれなりにかかるのは想像できた。ただ絵画を彩る絵の具は、当家が治める領地で作られる絵の具らしかった。領地で産出される宝石から作る青い色の絵の具は、とても貴重で発色がいいのだという。ピエールと当家のつながりが強いのも、そういった画材の取引が欠かせないからだと思う。
ピエールは父が生まれる前から、当家に出入りをしていたらしく女医で当家専属医のマリアンナ同様に当家と馴染みが深い人物なようだ。だから父もピエールが愛想がなくても、動じないし、ピエールは少し変わってはいるが、絵の腕前は確かなようだ。
それにアリーシアの思いつきに関しても、馬鹿にすることなく、ちゃんと仕事を請け負ってくれた。そういうのも含めてピエールは愛想はないが、いい人なのかもしれないと感じるようになった。
そして絵が完成し、広間でお披露目をすることになった。父、母、兄、アリーシア、アポロ。五人の肖像画である。全体的に青い色を使っている。兄いわく、青色はとても貴重であるから、これだけの青を使うとなると、とても高額になるそうだ。ただ当家の領地での産出された宝石であるし、これを見る人が自分の家の肖像画を描くのに、この絵の具を使いたいとなれば、宝石を購入する。さらに需要は高まると兄は考えたそうだ。そこで今回の肖像画の提案を兄からピエールへ提案した、という経緯をあとから知った。
さすが兄・アランである。この肖像画はこれから先長い時間残る物であるだろうし、見た人に自分の領地の特産品の購買意欲をかき立てるような戦略を考えているなんて素晴らしい。そういうの抜きにしても、絵の素晴らしさは、絵画について詳しくないアリーシアでもよくわかった。
ピエールの描いた絵は、リアルな描写でありながらも、家族の暖かさも伝わってくるとてもいい絵である。基本的に笑顔のない絵ではあるが、なんとなくみんな微笑んでいるようにもみえる。写真はない世界だからアルバムの代わりなのだと思う。
絵のお披露目がおわり、各自部屋に戻ることになるがアリーシアは絵の前でたたずみ、絵を眺めていた。なんとなく自分がこうやって絵にされるのも面白いものだと思った。母似の美貌を受け継いでいる子ども三人は絵画でも顔が整っていた。
色も白く、そして頬は桃色に色づき、唇はコーラルオレンジのような明るい色が入っている。まるで天使のような三兄弟に描かれている。
「アリーシア様、絵は気に入っていただけましたかな?」
絵を食い入るように見ているアリーシアに、誰かが話しかけた。振り返ると部屋を移動したと思ったピエールがいた。
「ピエール、この絵とっても気に入ったわ」
「そうですが、アラン様のご注文どおり青い色を使わせていただいて。今までにないほど宝石を使いましたからね」
「絵の具に宝石を使うなんて知らなかったの。とてもきれいな色ね」
「侯爵様の領地で採れる宝石は質がよろしいですから、色もいい色がでるんですな」
アリーシアはまだ絵本のことについてお礼をちゃんと言えてなかったことを思い出した。
「あの、ピエール。絵本のことなんだけれど、作ってくれてありがとう。楽しみにしているの」
「絵………ああ、子どもにわかる絵の本のことですな。あれは今息子に任せておるんです」
「息子、さん? 」
「はい、サン様からアリーシア様が絵本の制作に関しては、修行中の人でもいいということを聞きまして。若いのにやらせてみることにしたんです。まあ、工房も古い体質なんで、大作となると職人が担当しますが、新しいことを嫌うのも多いのでね。そこで息子に話をしたら乗り気だったので」
「ピエールの息子さんが作ってくれているのね」
「ああ、アリーシア様に言付けを頼んでいた坊主がおったでしょう。あれが私の息子です」
「ええ!ピエールの息子さんだったの?!」
「まあ、血は繋がってはいませんがね。妻は若いときに亡くなったんで、跡継ぎを見繕ってたときに見つけたんですよ。あいつは若いが才能があるんで、これからの楽しみはあいつの成長ですな」
「養子、ということなのね」
確かにアリーシアに絵本についてよく聞いてくれた少年は15歳ほど。ピエールの息子にしてはちょっと年齢が若すぎるかもしれないとは思った。工房の跡取りとして引き取ったというならば、不自然な話ではないのかもしれない。
「坊主は貧民街出身で、絵の才能を聞きつけて見に行ったんですな。アリーシア様のお母様はご存じだと思いますよ」
「お母様が?」
貧民街に行ったことがないのでよくわからないが、母と関わりがあるのだろうか。
「ええ。リリア様は孤児院や教会に、多く寄付や慈善活動をしておられるので。そういったことが縁で。風の噂というやつですな」
知らなかった。母が仕事をしているものの中に、そういった仕事も含まれていたということだろう。
「そうなのね。でもピエールがうまいというくらいの絵のうまさだったら、きっといい物ができるでしょうね」
「まあ、坊主がどんなのを作るかはまだわかりませんが。頑張っているみたいですな」
そういって笑うとピエールは部屋を後にした。まさか言付けをしてくれている彼が、ピエールの息子さんだったなんて。さらに絵本の制作をしてくれているなんて全然知らなかった。それに名前もちゃんと聞いてなかった気がする。今度会ったときに、お礼を言ってお名前を聞こう。




