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マリーは10回婚約破棄される  作者: 隘路(兄)
第4部 因果時空決戦編
69/71

第69話 婚約破棄からの平穏なる日々

「ローズマリー=マリーゴールド、お前との婚約を破棄する!」


「はい、分かりました」


 無表情に答えるわたし。

 きびすを返し、そそくさと玉座の間を立ち去る。


 話しかけてくるシボーン先生もマーク騎士団長も無視した。

 シャラーナが魔法薬の沸騰に焦っている横を一瞥もせずすり抜けた。


 国王が病に伏している最上階の尖塔、その手前のテラスで待っていると、銀河帝国の高速挺がやって来た。


「お待たせしました、ローズマリー様」


 と言われたが、実際は一瞬たりとも待ち時間はなかった。

 時空を越えた存在であるウィルの手配する高速挺は、わたしがテラスの扉を開けた瞬間に着陸した。


「では参りましょう」


 通信は聞こえるが、無人の高速艇。

 わたしが一人で過ごす惑星に向うのだから、当たり前だけど。


 宇宙への旅は、驚くほど静かで、今までバタバタしていた日々が嘘のよう。


 未来を見通すウィルの導きによってしかたどり着けない、宇宙環境の要塞。

 跳躍を繰り返しながらではあるが、わずかひと月で辿り着いた。

 この惑星の中で、最も自然が美しく、過ごしやすい場所にわたしは案内された。


「この土地で取れる果実や作物は栄養のバランスが最善に保たれるように調整されております。


 ここで静かに時をお過ごし下さい」


 書物の閲覧も禁止で、執筆も禁止。

 日記もつけてはならない。

 全てわたしが刺激を受けて、特異点の力を使わないためだ。

 自殺もしてはならない。


 作物の栽培だけは許されたので、小さな畑を耕す事にした。

 それだけがわたしの日課だ。

 わたしはこの惑星で、一人で静かに時を過ごすのだ。


 この生活はあまりにも退屈で、あまりにも寂しい。

 しかし、これは考え方の問題だ。


 生きるか死ぬかの、抜き差しならない状況に置かれた人がいる。

 貧富の差で苦しむ人がいる。

 わたし自身が幼い頃はそうだった。

 今のわたしの境遇は、相対的にはかなり幸福だと言える。


 考えてみれば、ずっと息抜きの暇などない日々だった。

 立派なプリンセスになるために努力し、呪いを解くために知恵をしぼり、困難な戦いを切り抜け、宇宙にまで乗り出して、慌ただしく戦い、大統領に就任して惑星の命運を背負う事になった。


 わたしはこの宇宙環境の要塞で、やっと一息付けるようになったと言ってもよい。


 作物を育てなければならなかったが、それはちょうどよい暇つぶしになった。

 管理された肥沃な農地では、美味しくて身体にいい作物が、大量に収穫された。


 しかも、この土地は百年間は枯れる事がないという。


 空気はよく、気候は温暖で、海や山の景観は美しく、朝焼けや夕焼けは息を呑むほどの美しさを見せた。


 わたしはここで静かな日々を過ごした。

 誰とも関わる必要がなく、事件の起こらない日々、それは始めての平穏な日々だった。


 数十年の月日はあっと言う間に過ぎ去った。

 その頃になると、わたしは年老いて肉体の衰えを感じ始めていた。


 しかし、この点の対策も万全だった。

 老衰で死ぬ日まで不自由なく過ごせるように、運動のプログラムまで考えられていた。

 それを忠実に実行してきたわたしはかなり健康な老人であったと思う。

 足腰は強靭で、農作業も十分にこなす事ができた。

 このまま一生を終えるまで何も問題は起こらないだろう。


 近い内に、わたしはこの惑星で、平穏に生涯をおえる。

 何不自由ない、恵まれてた人生だった。

 何と幸運な人生を与えられた事だろう。


 わたしは本当に、本当に…………、



「こんなの…………、


 こんなの嫌だよ………」


 気が付くとわたしは涙を流していた。


「いや……………」


 わたしは顔を両手で覆って泣き出していた。


「いや! いや! いや!」


 寝転がってじたばたした。


「こんなところで、一人で死にたくないよっ!」


 こんな事をしてはいけない。

 精神に刺激を与えてはいけない。


「やだよ!

 こんなのやだよ!」


 心を乱してはいけない。

 風一つない晴れた日の湖面のように静かに、穏やかに生きなければならない。

 死ななければならない。

 宇宙の寿命を伸ばすために、特異点の力を使わないようにしなければならない。

 あと少しなのに。

 あと少しで終わるのに。


「い、いけない。涙を拭ふかないと……」


 わたしは幸せ。


 わたしは幸せ。


 わたしは幸せ。


 両手の袖を強く握り、涙をぬぐった。


 大丈夫、何も起こってない。

 何も特殊な力は行使してない。

 宇宙の片隅で老婆が一人泣いただけ。


 わたしは心安らかにこの星で…………


「お待たせしました、マリー様!」


 大声と共に、ドアが勢いよく開け放たれると、ローブを纏った老人男性が現れた。

 その顔は夕日の陰になってよく見えなかったが、記憶の片隅にある懐かしい声だった。


「マリー様!

 やっと! やっとお会いできた………!」


 男性は感極まって目頭を押えている。あっけに取られてしまうわたし。


「あ、あなたは一体……?」


「これは失礼! 大袈裟でしたね。

 マリー様にはほんの数十年の出来事なのに」


「な、何を言っているの……?」


 ほんの数十年?


「わたしはシャラーナです。

 一緒にこの星を出ましょう」

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