第58話 婚約破棄からの揺れる心
「ここはお父様に任せてはどうかしら」
わたしは思わずつぶやいていた。
「な、何をいってるんです?」
「公爵には手腕と人脈がある。
全部、父上に任せましょう」
「マ、マリー様?」
また家族を取り戻せる。
もう王子と結婚しなくたっていい。
運命シークエンスも消えたし、銀河帝国の侵略もなくなった。
だったらこれが一番いい方法じゃないだろうか。
「おい、待てよ」
話に割って入ってきたのは魔王ザンだった。
「こいつらは喧嘩を売ってきてるんだぜ。
黙って従うなんざあり得ねえだろ」
「ザン、そう言わずに仲良くして。
きっと上手く行くから」
「おれはお前に手を貸すのは構わんが、こんな連中の下に付く気はねえよ」
ザンは不服なようだ。
「こちらこそ魔族を配下にするなどあり得ん」
マリーゴールド公爵も反論してきた。
「あ?」
「大体ザンと言うのは、一度我が国に攻め込んできた魔王の名ではないのか」
それは確かにそうなんだけど。
「てめえらなんぞ何度でも蹴散らしてやるぜ」
マリーゴールド公爵に向かって行くザン。
それに合わせて公爵を守るべく、騎士団と魔導士団が立ちはだかる。
今にも戦闘が始まりそうだ。
「手荒な事はやめて、ザン」
慌てて制止するわたしだったが、
「手荒? 誰に言ってんだ?
なめた事言ってんじゃねえぞ」
そう、わたしの目の前にいるのは魔界の実力者の一人、魔王なのだ。
「てめえ、ビシッとしろよ。
魔界の帝王だろうが」
それは特に実績のない事だけど。
「リンド、彼を止めて」
「ふうむ……」
わたしは思わずリンドの名を呼んだ。
ザンを止められそうなのは同じ魔界の実力者、リンドしかいない。
「ワシはお主の下僕。
お主が言うならザンを止めるし、人間にも従う」
よかった。
ザンより話が分かる。
「しかし、ワシの主の国を奪おうとするなど、ワシの領土を奪うも同じよ。
奴らは八つ裂きにせねばなるまい」
そういうと黒い巨大な姿が翼を広げ、立ち上がる。
まずい。
むしろザンよりまずい。
そもそもプライドが高いからこそ、下僕にしないと話を聞いてもらえなかったのだった。
「くっ!
騎士団、前へ!」
騎士団が前進を始める。
「やんのか、てめえら」
「灰にしてくれるわ」
ザンとリンドもすっかり臨戦態勢に。
まさに一触即発の状態だ。
「シャラーナ、どうしよう?」
ここで大戦争なんて事になれば銀河帝国の侵略を阻止した意味がなくなってしまう。
「方法はあります」
本当? さすが天才魔術師。
「どうにかしてザンとリンドを止めなければ……」
「止めてはいけません」
「えっ?」
わたしは耳を疑った。
「どういう事?
無駄な争いをさせる訳にはいかないでしょ?」
シャラーナの考えが分からない。
「マリー様。
今、必要なのは、あなたが堂々と国家の主権を主張する事です。
そして、ゼイゴス王子とマリーゴールド公爵を追い返すんです。
それならばザンとリンドも納得するでしょう」
「わたしが…………?」
「あなたがこの国のリーダーです」
「で、でも父上が戻って来いって。
これが最後のチャンスかも知れない」
「マリーゴールド公爵はあなたを丸め込んで、この国を自分のものにしたいだけですよ」
婚約破棄された途端、門を閉ざされ拒絶された。
わたしは公爵にとって初めから道具でしかない。
それは分かってる。
分かってるけど…………。
「ようやく銀河帝国相手にここまで漕ぎつけたんじゃないですか。
どうして今さら弱気になるんです?」
「…………不安なのよ。
国を動かすなんてわたしなんかにできると思う?
それも銀河の星々と貿易をする国よ」
疫病や魔王に対処したのもわたしがやらざるを得なかったから。
人の上に立ちたいなんて、思った事がない。
父上も辣腕である事には間違いはないのだ。
任せられるならそっち方が確実なんじゃ。
「マリー様ならできます。
いえ、マリー様にしかできません。
魔界や宇宙を巡ってきたマリー様にしか」
「それは呪いで何度もやり直したから、できただけよ」
「僕はそうは思いません。
聡明で思いやりのあるマリー様だからこそできたことです」
買いかぶってくれるのは嬉しいけど、それで「はい、一国の指導者になります」なんて決心はつかない。
しかし、さらにシャラーナは続けた。
「それにここでコート王国に帰順なんてしたら銀河帝国との休戦も反故にされるかも」
え……?




