第57話 婚約破棄からの船団襲来
わたしの故郷、コート王国から船団がやって来た。
「武装しています」
シャラーナの報告で背筋が凍った。
わたしも乗組員を確認する。
騎士団と魔導士団の姿が見えた。
友好的な使者ではなさそうだ。
他国からの侵略はあり得る事で、想定もしていた。
マリーマリー連邦共和国には戦闘艇と高速艇が数十機配備されている。
そもそもメルテなら、この程度の船団なら、一機の戦闘艇で制圧が可能だ。
戦力としてなら、この程度の船団は全く脅威にならない。
しかしその勝利は、この惑星の全国家に対し、恐怖と警戒を与える事になるだろう。
そうなれば、宇宙との交易品を探すのは絶望的だ。
各国との友好的な関係がマリーマリー連邦共和国の今後には必要不可欠なのだ。
勝てるかどうかは関係ない。
絶対に戦闘行為をしてはならない。
「マリーマリー共和国の国王、ローズマリー=マリーゴールドに申し渡す」
聞こえてきたのは、覚えのある尊大な声。
現れたのはゼイゴス王子だった。
国王じゃなくて、大統領なんだけどな。
国の名前も間違ってるし。
「この島はコート王国の領土である。
マリーマリー共和国とやらを勝手に作る事などまかりならん。
ただちにコート王国に帰属し、服従を誓うのだ」
は?
「そのような事実はありません」
この島は断じてコート王国の領土ではない。
わたしはそれを知っている。
なぜなら……
「この辺りの島々を開発して国有化するようわたしが進言したのを、『金の無駄だ』と言って拒否したのは殿下です」
「お前がその時に島に踏み込んだのだからこの島はコート王国の領土だ」
「なっ……?!」
何てふざけた事を!
そんな調子のいい話があるだろうか。
「ひどい話ですね。
でも何か引っかかります」
シャラーナが考え込んでいる。
ちょっとどころではないとわたしは思ったんだけど、しかし彼の違和感の正体はすぐに判明する事になる。
「ゼイゴス王子。
進言した時点で殿下が開発をお始めになっていたなら、わたしはこの場所に建国などしませんでした」
軌道エレベータが降り立った時点で、ジャーゼラ議員に場所を変えるよう提案していただろう。
「今頃になってここが領土などと、卑怯な事だとは考えませんか?」
もはやゼイゴス王子は、わたしにとって婚約者でもなければ君主でもない。
わたしははっきりと非難のまなざしをぶつけていた。
「そうかも知れないが……。
いや、しかし、これは……」
わたしから初めて向けられる表情を見て、すっかりうろたえている王子。
まったく。
器じゃないんだから出しゃばらなければいいのに。
そう思ったのだが、実際のところは彼には出しゃばらなければならない理由があったのだ。
わたしはそれをすぐに思い知る事になる。
「そうわがままを言うものではない」
ゼイゴス王子の後ろから一人の年老いた貴族が現れた。
それはわたしのよく知る人物だった。
「久しいな。我が娘、ローズマリーよ」
現れたのはわたしの養父、ダイカント=マリーゴールド公爵だった。
全てを見抜くような鋭い眼光に思わず目をそらしてしまう。
門前払いされた事を非難してもよかったはずだが、そんな事思いつきもしない。
「お、お父様……」
絞り出すようにそう言うのが精一杯だった。
「そうか、マリーゴールド公爵!
ゼイゴス王子がこんな脅しをかけてくるとは思えなかったんです」
シャラーナが引っかかっていた事はこれだった。
ゼイゴス王子の訪問は、マリーゴールド公爵が糸を引いていたのだ。
「空の向こうにも国がある。
この巨大な柱はそれらの国と貿易するためのものだ。
そうだな?」
公爵に宇宙に関する知識などないだろう。
それでも軌道エレベータの用途を理解している。
公爵は頭の回転が早く、利害への嗅覚が鋭い。
領土問題などは方便で、わたしとの接触が目的だったのだ。
「その国の指導者がお前だったとは。
王妃になる以上の功績よ」
笑顔で称賛してくれてはいるが、その鋭い眼光の奥で何を考えているのか、見通す事はできない。
しかし、わたしは幼い頃からその笑顔を欲してきた。
その笑顔だけがわたしに存在意義を与えてくれた。
公爵の思惑に従っている事だけが、わたしの生命の安全を保証してくれた。
今も心のどこかで、安心している自分がいる。
「この軍勢は王子を護衛するため。
手荒な真似をするつもりはない。
当たり前だ。お前はわたしの娘なのだからな」
叱責される訳ではなかった事にほっとしている自分がいる。
「ローズマリー、ワシの元に戻って来るのだ。
ワシなら外国にも顔が利く。
コート王国の国王とも話がつけてある」
病床の国王とも算段ができている。
だからゼイゴス王子もここ来た。
来るしかなかった。
「ワシに全て任せよ」
久し振りに見るマリーゴールド公爵の存在感は、相変わらず強大だった。
「不幸な行き違いはあったが、お前の事を思わなかった事はない」
「会ってすらいないのに、何を。
無礼にも程がありますよ!」
シャラーナは憤っていた。
しかし、
「ここはお父様に任せてはどうかしら」
わたしは思わずつぶやいていた。




