第56話 婚約破棄からの運命からの解放
停戦合意は無事成立した。
軌道上の高高度プラットフォームからは、撤退していく艦隊を視認する事ができた。
惑星侵略の危機は回避できたが、わたしにはまだ一つだけ不安があった。
祝賀会が催されたが、わたしは疲れたと言って早々に退散した。
今はベッドの上で、膝を抱えてしゃがみ込んでいる。
目の前に置かれたデジタル時計は、どの惑星にいても、1日を24時間に分けて表示してくれる便利アイテムだ。
デジタル表示を凝視する。
午前0時を迎えるまで、運命シークエンスが発動しないか確認するまで、わたしの不安は消えない。
胸に手を当て、ドキドキしながらその瞬間を待つ。
時計に0が4つ並ぶ。
手のひらに伝わる鼓動に変化はない。
胸を貫く刃は現れない。
そのまま10秒経過したが何も起こらない。
念のため時計を鷲づかんで、時刻取得ボタンを長押しする。
惑星の公転と自転と恒星との位置関係を計算して、改めて時刻が算出される。
それでも数字は変化しない。
間違いなく午前0時になった。
午前0時を経過しても、わたしはどうやら生きている。
「ふーーーっ……………!」
ベッドに大の字で横たわる。
これで正解だったみたい。
少なくともまた1日は生き延びられる。
「マリー、起きていますか?」
ノックと共にメルテの声が聞こえてきた。
軽い足取りでドアに向かって行くわたし。
「メルテ、やったわ!
わたし、生きてる!
新記録よ!」
メルテの腕をつかんで、部屋に招き入れ、抱きしめる。
「ハイタッチしましょう」
「マリー、待って下さい」
メルテの瞳が回転している。
至近距離で見る瞳の幾何学模様。
細かなディティールまでよく見える。
「話があります。
ハイタッチの前に聞いて下さい」
「え、何?」
わたしは手のひらを広げた状態で動きを止めた。
何か大事な話があるようだ。
「本日午前0時に観測しました。
マリーに掛けられた運命シークエンスは消滅しました。」
「え?」
わたしに掛けられた呪い。
午前0時に死に、婚約破棄の瞬間に戻される呪い。
メルテがその性質を突き止め、運命シークエンスと名付けた。
干渉する事すらできないとされたそれが消滅した?
「本当?」
「マリーを直接見て、確認しにきました。
間違いありません」
「演算した?」
「演算しました」
だから瞳の幾何学模様が回転していたのね。
「運命シークエンスは消滅しました」
そして、回転が止まる。
「そっか………」
その場にへなへなと座り込むわたし。
呪いが消えた。
もう午前0時を恐れる必要はなくなった。
しかし何故このタイミング?
そもそも何のために掛けられた呪いなの?
分からない事だらけだけだ。
でもとにかく、
「ハイターッチ!」
暗い部屋に乾いた音が響く。
つい力が入り過ぎて、手がしびれている。
「ごめんね、メルテ」
今回ばかりは許して欲しい。
10日間を無事生き延びただけでも嬉しいのに、今後は午前0時になる度にドキドキしなくて済むなんて、嬉し過ぎる。
運命シークエンスが結局何なのかは、後でゴーディクに詳しく尋ねてみよう。
マリーマリー連邦共和国の運営もあるし、心配事はどっさりある。
まだまだ気は抜けない。
と、思っていたが、その夜は速攻で眠りに落ちていた。
さすがに疲れた。
☆☆☆
翌日、軌道エレベータに押し寄せる船団が見えた。
と、言っても宇宙船の話ではない。
海上から向かってくる帆船の群れだ。
帆船に描かれた紋章には見覚えがある。
それはコート王国の紋章だった。




