第29話 婚約破棄からのマリーの宇宙ドッグファイト
「わたし達二人で戦って、二人で生き残るのよ」
オートパイロット、メルテは自身を囮にしてわたしを逃がそうとしていた。
あまつさえオートパイロットには人権がないから、人的被害はないなどと言い出す始末。
彼女に全てを任せておく訳にはいかない。
「窓を開けて」
「宇宙空間の真空状態では、人間は生きられません」
そうなの?!
宇宙の事がわたしにはさっぱり分からない。
「環境シークエンスを展開するまでお待ち下さい」
少しするとメルテはそう言って、ハッチを押し上げた。
「この機の環境シークエンスの範囲を広げました。
これで宇宙空間でも呼吸ができます」
「シークエンス」と言う単語が引っ掛かるが、とにかくこれで大丈夫らしい。
「お願い。ユウちゃん」
鞘から抜いたユウちゃんは、うなずくようにわたしの方に柄を傾ける。
そして、元気よく星の世界に飛び出して行った。
「もう閉めてもいいわ」
ユウちゃんが後方に消えていくと、わたしは着席して、モニターに目を移した。
ユウちゃんはわたしの意思を察知して、考えたように動いてくれる。
モニターを見ながら動き方を考えれば、戦ってくれるだろう。
そういている内に、接近する敵機の光の一つが消え失せた。
「敵機が撃墜されました。
マリーの発射した兵器によるものです」
続けてもう一つ。
「二機撃墜です」
さすが勇者の剣。
円盤の壁面に穴を空けていたので、いけるとは思っていた。
ユウちゃんは期待通りの活躍をしてくれているようだ。
「あと一機ならば、この機体でも戦えます」
メルテは戦闘機をUターンさせ、敵機の背後を取った。
対する敵機は、ユウちゃんへの対処に追われ、反応が遅れた。
メルテが手元のボタンを押すと光の筋が敵機に伸びて行く。
そして、それが命中した直後、敵機が爆発した。
「敵機の殲滅を確認」
モニターを見ても、この戦闘機以外の反応はない。
「何とかなったようね……」
ほっと胸をなでおろす。
「確実に撃墜されます」なんてすました顔で言われた時にはどうなるかと思ったけど、生き残ることができたようだ。
「マリーの使った兵器を何と呼称すればよろしいですか?」
別に兵器じゃないんだけどな。
「勇者の剣。名前はユウちゃんよ」
「ユウちゃん……。
何が動力で、どんな原理で動いているのですか?」
「わたしもよく分からない。
魔法でもないみたいだし。
でも気持ちとか意気込みは伝わるみたいよ」
「気持ち……、意気込み……。
演算不能です」
メルテの瞳の幾何学模様が回転していたが、やがて止まった。
ユウちゃんの仕組みは演算できなかったようだ。
とにかく、ユウちゃんの活躍でわたし達は危機を脱した。
「あ、戻って来た」
戦闘機の横を並進するユウちゃん。
傷一つ負っていない。
「環境シークエンスだっけ?
ユウちゃんを中に入れてあげて」
「了解しました」
ハッチが開き、ユウちゃんがわたしの手元に。
「お疲れ様」
わたしはユウちゃんを鞘に収めると、柄を撫でてあげた。
その様子をメルテは振り返って凝視していた。
「演算不能です」
きょとんとした表情でメルテは言った。
「惑星グランドぐらいまであとどのくらい?」
シャラーナ達の様子も気になる。
銀河帝国の侵略に気付いてくれたかな?
「もうすぐ行程の半分を終えま……」
そこでメルテは言葉を中断した。
「どうしたの、メルテ?」
「前方に跳躍反応です」
目の前の星空の一部が揺らいだと思ったら、そこには巨大な宇宙戦艦が。
見覚えのある戦艦。
ついさっき脱出した宇宙戦艦だ。
「戦艦より通信です」
メルテが計器を操作すると聞き覚えのある低い声が聞こえてくる。
「投降せよ、ローズマリー=マリーゴールド」
ゴーディクの声だ。
そして、戦艦から次々と戦闘機が現れる。
「逃げ場はないぞ」
「戦闘機20機と、高速艇30機が接近しています」
モニターからもおびただしい光の群れが迫っている様子が伺える。
「こんな短い時間でよく数えられたわね」
「演算しました」
それは上出来だけど、状況はよくない。
逃げようとしていた方角を塞がれた上に、多勢に無勢。
万事休す、と言う奴だ。
ユウちゃんに暴れてもらう?
そんなのやけっぱちだけど、やらないよりは…………、
「未確認の跳躍反応を確認」
その時、メルテの言葉と共にモニターの敵部隊の光の隣に新しい光が。
「戦艦クラスの反応です。
さらに艦載機が発進しています」
その光の周囲にどんどん光が増えていく。
モニター上の帝国軍も、その光に向かっている。
「一体何事だ?!」
「跳躍反応! 奴らです!」
ゴーディクからの通信にも、ガヤガヤした多数の声が混じる。
未確認機は帝国軍にとっても予想外の事だったらしく、大騒ぎになっているようだ。
その後、前方の宇宙で爆発が起こった。
帝国軍が未確認機から攻撃を受けているようだった。
「高速艇に被害が出ています!」
敵戦艦の中も大混乱の様子だ。
「ちっ、この一隻だけでは分が悪い。引くぞ」
それで音声が途切れた。
「モニターに未確認機も同期させます」
メルテの声の後、モニター上の光の数が増えた。
「色分けをしました」
この戦闘機を示す、中心の光は青に。
それに迫っていた帝国軍の光は赤に。
未確認機を示す光は緑色だ。
緑が赤に近づいて行き、赤は逃げて行く。
それから赤い光がどんどん減って行った。
「敵機が戦艦に収容されています。
帝国軍は撤退するようです」
通信の通りのようだった。
発進した機体。収容すると、銀河帝国の戦艦は消え失せた。
その後、緑の光がこちらに近づいて来る。
緑の光に囲まれる。
顔を上げると戦闘機に囲まれていた。
帝国軍のものとは形が違う。
「未確認機からの通信です」
「こちらは、銀河解放軍。
銀河帝国の支配からこの銀河を解放するために戦っています」
銀河解放軍!
銀河の全てが銀河帝国の支配下なのではなかった。
銀河帝国に対抗している存在もいたのだ。
「帝国軍と交戦していたようにお見受けすしますが?」
「ええ、そうですわ」
「ではなぜあなたは、帝国のペイトリオットⅡに乗っている?
説明できますか?」
この戦闘艇について質問されているようだった。
「これ、ペイトリオットⅡって言うの?」
「はい、正式にはペイトリオットⅡカスタム標準兵装型です」
正式名称はどうでもいいが、帝国軍のものなのは間違いない。
しかし、その事で警戒されるのは避けたい。
「故郷が帝国軍に侵略されそうなんです。
それで帝国軍の戦艦に潜り込んで、この乗り物を奪いました」
細部を省略した、ざっくりした説明だが、間違ってはいないはず。
「おお、何と言う行動力だ!」
相手は感心してくれた。
行き掛り上こうなっただけなので、自慢する気にはなれない。
「それに卓越した操縦センスだ!」
操縦したのはメルテだし、敵機を撃墜
したのはユウちゃんなので、やはり自慢する気にはなれない。
それはさておき、
「帝国と戦っているのなら、わたし達は協力できるのではないですか?」
わたしは解放軍に提案してみた。
この機体だけで銀河帝国と戦える訳がない。
銀河帝国と戦っている集団なら、協力を取り付けたい。
「そうですね。是非我らのリーダーにもお会い頂きたい。
我らの戦艦に案内します」
わたしが銀河帝国と戦っている事は理解してもらえた。
その上、行動力と操縦センスもある事にされた。
いい印象を持ってもらえたんじゃないだろうか。
かくしてわたし達は銀河帝国と戦う銀河解放軍との合流を果たしたのだった。




