第17話 婚約破棄からの戦線崩壊
「魔王ザンよ。
リンドはお前が死ぬまで攻撃を止めない。
宿命のライバルとの戦いを、心ゆくまで楽しむがいい」
「てめえ……!」
ダイザーを追いかけようとするザンだが、
「グオオオオー!」
正気を失ったリンドに体当たりされ、行く手を阻まれてしまう。
「クソが! くだらねえ術に掛かりやがって!」
ザンは岩壁に叩きつけられるも、すぐにリンドを殴りつけた。
リンドの巨体は大きくよろめいたが、倒れはしない。
さっきまで互角の勝負をしていたのだから当然だ。
「打たれ強い野郎だぜ……」
ザンは肩で息をしていた。
「わたしも一緒に戦うわ」
わたしはザンに近付いたが、
「邪魔すんじゃねえ。
てめえはダイザーを追えよ」
ザンはわたしを押し退けた。
「お前に呪いを掛けたのはヤツなんだろう」
「でも……」
「勇者に心配されちまっては、魔王もおしまいだぜ」
苦笑するザン。
「ダイザーは、お前に任せたからな。
リンドの野郎はおれが目を覚まさせる」
「分かったわ」
そうまで言われたら行くしかない。
ダイザーの向かった方角を目指すわたし。
「ハーピー。お前らも行け」
「普通に案内するし!」
「微妙に案内するし!」
「逆に案内するし!」
ハーピー達がこちらに向かって来る。
もちろんわたしに魔界の土地勘などはないので、彼女達の案内は心強い。
わたしはハーピー達と共にダイザーを追う事になった。
岩場を駆けるダイザーにはかなり離されている。
しかし、まだ目で見える位置だ。
何としても彼に追い付かなければ。
「そうだ。こっちをいけば……」
岩場に沿った形で平原が続いている。
進みやすいこちらの道を通った方が、追いつけるのでは……?
「「「ダメダメー!」」」
平地に降りようとしたわたしは、ハーピー三姉妹に制止された。
「普通にそっちは眠り花の園に繋がってるし」
「微妙に甘い息を吸い込んだら二度と目覚めないし」
「逆に近付いただけで、甘い香りに引き寄せられちゃうし」
彼女達の言葉に従い、岩山を進むと、眼下の平地が赤い花畑に変わっていった。
それはとても美しい光景だったが、よく見ると、赤い花々の合間に白骨らしきものが。
「うぅ……、こうやって花の養分になっちゃうのね……」
鳥肌が立ってきた。
わたし一人では危ないところだった。
その後も炎の山や氷の山を見かけてはハーピー達に近付かないよう注意された。
何でも直接それらに触れなくても、近寄っただけで身体が燃え上がったり、凍り付いたりすると言う。
魔界ってのはやっぱり危険な場所だ。
そんな危険を避けての追跡行は決して素早いとは言えなかったが、わたし達はダイザーに追い付きつつあった。
なぜならダイザーが途中で動きを止めたからだ。
岩山の高台に立って奥の谷を見詰めている。
これはチャンスと一気に駆け寄るわたし。
ダイザーが近付くにつれ、その先の谷の様子も見えて来た。
しかし、ダイザーが見詰めているものが何だったのか分かった時、わたしは絶句した。
「ローズマリー=マリーゴールドか。
■■■■■、よく来たな」
谷底にいたのは整列した魔物の大軍団だった。
言葉の一つも発さず、様々な魔物達が整列していた。
「あなたが洗脳したの?」
「うむ、頭の悪い連中だが、聞き分けさえよくなれば、使えない事もない」
この大人数はザンやリンドの配下の数を遥かに上回っている。
その上、操られていて、命令にはさぞかし忠実なのだろう。
「この大軍団をもって、ザンとリンドの軍勢を蹴散らしてくれる」
ザン達の嫌っているダイザーは、用意周到で恐ろしい敵だった。
これだけの魔物を操って戦わせる事ができるなんて。
だが、それはそれとして、彼には聞きたい事がある。
「どうしてわたしに呪いを掛けたの?!」
午前0時に殺されて、婚約破棄の瞬間に戻すなんて、こんな変な呪いに一体何の意味があるって言うの?
「ふん、わたしはただ■■の命令に従うのみだ」
命令?
魔神とか言う奴の命令だろうか?
「あなたを倒せば呪いは解けるのかしら?」
わたしが片手を広げて、突き出すと、その前にユウちゃんが移動する。
「どうだかな。
■■■■■、お前にわたしを倒す事はできない」
一方、構える事もなく、こちらを見ずにつぶやくダイザー。
「いでよ、ゴーレム」
ダイザーがつぶやくと、地面が割れ、足元から岩でできた巨大な腕が。
這い上がって来たのは、岩でできた巨人だった。
しかも、巨人は次から次へと現れ、十体以上になり、わたしとダイザーの間に立ち塞がった。
谷の下の軍勢以外にもまだこんなに魔物を従えていたなんて。
「お前達の負けだ」
「待ちなさい!」
ユウちゃんで攻撃を仕掛けるが、ゴーレムの巨体に阻まれてしまう。
さらに、
「■■■、追えるものなら追って来い」
崖の下の軍勢からドラゴンが数頭こちらに上がって来た。
「ユウちゃん!」
わたしはドラゴンに攻撃を仕掛けたが、
「わたしの指揮する部隊を甘く見るな」
ユウちゃんの攻撃は、ゴーレムに弾かれてしまう。
見れば、ドラゴンの前にゴーレムが整列していた。
こちらに進軍してく来るゴーレムとドラゴンの群れ。
さらにドラゴン達が空中に飛び上がる。
攻撃のチャンスかと思ったが、
「いけない!」
口を大きく開いたドラゴン達に、危険を察知して後ろに下がる。
するとドラゴン達は火の玉を吐き出していた。
火の玉はさっきまでわたし達のいた位置に命中している。
狙いも正確で、間一髪だった。
「■■■■、洗脳した部隊というものは訓練を積んだ兵を上回るものよ。
獣の群れとは思わぬ事だ」
悠々と立ち去って行くダイザ―。
「待って!」
せっかく目の前に呪いを掛けた張本人がいるのに。
でも、近付こうにもゴーレム達とドラゴン達がこちらに迫って来る。
追いかけるどころか、こちらが後退していた。
さらに崖下の魔物達も進軍を開始していて、一部は崖を上がり、こっちに向かって来ている。
「普通にやばいんだけど!」
「微妙にやばいんだけど!」
「逆にやばいんだけど!」
慌てふためくハーピー達。
これだけの軍勢がザンやリンド達に襲いかかってきたら、甚大な被害が出る事だろう。
「あなた達はザンに敵が迫っている事を伝えて!」
「「「分かった!」」」
ハーピー達には戻ってもらった。
もはや追跡なんてできる状況じゃない。
この大軍勢をどうにかしなければ。
わたしは敵を押し留めようと戦う事にした。
しかしどうにもならなかった。
ザンの手下相手には縦横無尽の活躍を見せたユウちゃんだが、今回ばかりは相手の数が多過ぎる。
結局はじりじりと後退させられて行った。
「これじゃあラチがあかない」
わたしは手近な洞窟を見つけると逃げ込んだ。
あまりに疲れ果て、岩壁を背に横たわる。
ダイザーが呪いに関わっているのは間違いない。
それが分かったのは大きな前進だけど、取り逃がしてしまった。
彼はすでに、ザンとリンドを潰し合わせるために周到な準備をしていた。
わたしは完全に後手に回ってしまった。
「わたしが甘かったわ」
次はどうすればいいか。
わたしは思考を巡らせた。
だけど、考える猶予なんていくらもない。
わたしはそれを、分かっていた。
真っ暗な外をのぞき込みながら、その時が迫っている事を、分かってしまっていた。
タイムリミットが、迫っている事を。
「ぐうぅっ……!」
口から血が流れる。
みぞおちから光り輝く刃が突き出ている。
午前0時になり、呪いが発動した。
「やっと手掛かりを……、見つけたのに……!」
こうしてわたしの一度目の魔界の冒険は、非常に悔いの残るものとして終わったのだった。




