第16話 婚約破棄からの魔神官ダイザー登場
「■■■■■。
もう現れたか、ローズマリー=マリーゴールド……」
フードをかぶった男は確かにわたしの名前を言った。
ちょっと聞き取れない言葉もあったけど。
「あ、あなたは一体誰なの?!」
声を振り絞って尋ねる。
鼓動が激しくなるのを感じる。
「ダイザー、てめえ!
なめた真似しやがって!」
魔王ザンが割って入る。
ザンはフードの人物を怒鳴りつけた。
「魔神官ダイザーよ。
我らの勝負に水をさして、ただで済むとは思ってはおらんだろうな!?」
魔竜リンドも怒りを顕にしている。
そして、この人物こそ会いに行こうとしていた魔神官ダイザーだった。
「ザンの次に人間界を攻めるのはわしだ。
盟約を忘れたなどと言わせんぞ!」
「ふん……。
■■■■■■■■■■」
ダイザーの言葉は、やはり一部聞き取れなかった。
しかし、彼は間違いなくわたしの方を見ている。
ザンとリンドには興味を示していないようだ。
魔界のもう一人の実力者、魔神官ダイザー。
魔王クラスの力の持ち主で強力な魔法を使う。
強力な呪いを行使しても不思議はない。
その彼の方からこちらにやって来たと言うのなら、質問をぶつけてみるしかない。
「今、わたしの名前を言ったでしょ?
あなたはわたしを知っているの?」
「無論、■■■、知っている」
素っ気ない対応だが、わたしの方はドキドキだ。
「あ、あなたはマリーゴールド公爵領に魔物を送り込んだ?」
「その通りだ」
全く糸口すら見つからなかった謎が、あっさりと明らかになっていく。
「じゃあ……、じゃあわたしに呪いを掛けたのもあなたなの!?」
「呪い……? ククククク……」
フードの隙間から見える口角が歪む。
「何を笑っているの?!」
「シークエンスが呪いか。
確かに呪いと言えなくもない。
だが、ローズマリー=マリーゴールド、わたしにとっては貴様の存在こそが呪いだ」
「ちゃんと答えなさい!
死んだ瞬間に婚約破棄の瞬間に戻る呪いは、あなたの仕業なの?
どうしてこんな事をするの?」
笑みを浮かべるダイザーに思わず苛立ってしまうわたし。
「シークエンスの事ならば、わたしの施したものではあるが、わたしの能力の及ぶ事ではない。
それは■■■の御業だ」
また聞き取れない言葉が混じる。
「だが、ここでお前がやって来るのを待ち、シークエンスの経過を観測するよう仰せつかっている」
ダイザー自身の能力ではない?
でも彼は呪いについて間違いなく何かを知っている。
「それにしても、ちょいちょい言ってる事が分かんないんだけど」
ダイザーの会話には変な発音の言葉が混じっている。
同じ魔族である、ザンやリンドとの会話ではそんな事ないのに。
「あいつは魔神語を話すからな」
「魔神語?!」
ザンはダイザーをにらみつけながら言った。
魔神の言語?
魔神語なんて、初めて聞く言葉だった。
「ダイザーしか使わない謎の言語だ。
奴の信仰する魔神の話す言葉らしい」
まず魔神ってのがよく分からないけど。
でも魔神に仕えているから、魔神官なんだろうか。
それはともかく、
「ダイザー! てめえ、オレ達を殺すつもりだったのか」
わたしの前に立ったザンはダイザーに向かって言った。
「盟約を破ったものを許す訳にはいかん!」
魔竜リンドも大声を張り上げる。
「申し開きの言葉はあるか、魔神官ダイザー」
今にも炎を吐き出しそうな勢いでダイザーを見下ろすリンド。
「魔竜リンド、わたしの力ではお前を倒す事はできない」
その言葉と裏腹に、ダイザーは少しも恐れている様子はなかった。
「しかし、だからこそここに来た」
ここでダイザーはザンの方を向いた。
「質問に答えよう。魔王ザン。
わたしはお前達と戦うつもりはない。
なぜなら戦うのはお前達同士だからだ」
ダイザーが手を小さく動かした瞬間、荒れ地の一角が輝いた。
そこにはリンドと配下のドラゴン達が結集していた。
その輝きはまるでザンの転移魔法の魔法陣を思わせたが、円形ではなく、正方形をしていた。
また、文字などは刻まれていなかった。
大きな正方形がリンド達を囲んでいた。
それから……、
「グギャアアアアアアアアーッ!」
四角型の上の、リンドとその配下の竜達が雄叫びを上げた。
その後、彼らは急に身動きしなくなり、
そして……。
「グウオオオオオオッ!」
魔王ザンに襲いかかった。
「何だと?!」
まずはダイザーから、そう言っていたのに、リンドはザンを鋭い爪で引っ掻いてきた。
間一髪かわしたザン。
「ダイザー! てめえ、何をやりやがった!」
リンドだけでなく、配下の竜達まで暴れ回る。
彼らに至っては仲間同士でさえ戦っている。
「いくら頭が悪くとも竜族の長、魔竜リンド。
簡単には洗脳できん。
それなりの大きさの■■■が必要だった。
■■■■■、この場所に■■■を仕込んで待っていたのだ」
「これは魔法陣かっ!」
ザンの叫ぶ声がするが、文字も刻まれていないシンプルな四角形の光は魔法陣には見えなかった。
しかし、あれでリンド達を洗脳したのだろう。
ダイザーは、ザンとリンドがこの場所で戦う事を計算ずくで、罠を張っていたのだ。
「魔王ザンよ。
リンドはお前が死ぬまで攻撃を止めない。
宿命のライバルとの戦いを、心ゆくまで楽しむがいい」




