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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第2部「絶海の隠者」
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第2章 2-3 密約

 バルビィの見るからにひきしまった浅黒い肉体はしかし、ほどよい脂肪に包まれ、完全に着痩せしていた胸元や尻周りの豊満さはマレッティの比ではなくカンナは驚いた。しかしそれより驚いたのは、その見事な乳の左側、脇腹、さらに背中と腰、右の太股にある竜に引き裂かれたような傷痕、そして数えきれない火傷や抉られたような痕、傷を縫った痕、そして何気なくとった眼帯の下にあった、ぽっかりと空いたかつて右目のあった穴だった。瞼も引き裂かれて、ひきつっている。眼は、かろうじてつむることができるようだった。


 いったいどれだけ人や竜と戦ったら、このようになるのだろうか。カンナは震えてきた。服を脱ぎ、メガネをとってなるべく見えないようにした。すきま風が冷たい。


 「おまえさん、ほんとに白いな。ギロアのやろうも白かったけど、おまえさんはそれ以上だぜ。ウガマールの高い日焼け止めでもぬってるのか? おれにも教えてくれよ。ほとんど毛もはえてねえしよ。つるっつるじゃねえの」


 カンナは答えることができずに、ただ恥ずかしくて身をよじるだけだった。それがバルビィには寒がっているように見えたのか、その手を取り、風呂場へいざなうとかけ湯をした。


 無言で髪や身体を洗い、歯も磨いて、それからゆっくりと風呂へ入る。狭いが、四人は入れる大きさだった。湯の温度もちょうど良い。透明な温泉の具合も、骨にしみる。


 「いやあ、生き返るねえ。これだけが楽しみよ」

 それからまたしばし無言で湯に浸かっていたが、やおらバルビィが云った。


 「……カンナちゃんよ、よく聴いてくれや。おれはな、自分より強いやつとは戦わねえのよ。それが、こんなチンケなガリアでいままで生きてこれたコツだ。おれは、あんたとたったの一回やりあって、あんたにゃかなわねえと思った。いや、云うな。おれの実感をあなどらねえでくれ。それで、頼みってのはよ……ギロアのやつをぶっ殺してくれねえかな」


 「ふぇえッ!?」

 カンナは湯の中で硬直した。


 「そうしたらよ、おれはカネだけもらって、こんなところとはおさらばよ。二年近くもこんな場所にいる身にもなってくれや。まるで島流しだぜ。あ、おれを見逃すのを忘れるなよ」


 「そんな……無理です……無理無理。絶対むり」


 とたん、ゲブルァハハハハ! と、独特の巻き舌っぽい発音でバルビィの哄笑が浴室に響く。竜の国の言葉の発声なのだろうか。


 「あんたは、自分のガリアに自信を持つ以前に、自分のガリアの“とてつもなさ”に心のどこかで気づいてて、それを怖がってるんだ。そう怖がるなよ。自分のガリアは、自分だぜ? なあに、あと五十人もぶっ殺したら、なんともなくなるさ」


 「いやいやいや」

 殺し屋といっしょにすんな。思わず心がささくれ立つ。


 「じゃあ、竜が百匹だ」

 見透かされていた。カンナは何も云えなくなった。


 「やり方はいろいろあるぜ。おれは、あのアーリーってダールが、あんな水攻めで死ぬとは思ってねえんだ」


 「水攻め?」


 「そうか、気を失ってたんだっけ……入り江ごと水没よ。ギロアのやろうが、ばかでかい竜を使ってな。あいつは、あんな化物まで自在に操りやがる。直接ぶつけなかったのは……何か考えがあったんだろ」


 カンナは動揺した。マレッティごと、溺れてしまったということか。マレッティは泳げない。


 「心配すんなよ。どっちにしろ、何日かたったらバーレスにひそませてる間者から情報が入る。生きてたら、おれが逃がしてやるから、アーリーと攻めてこいや。万が一、アーリーがやられてたら、あいつらの仲間になるフリをして、おりみて後ろからぶっ刺せや。そっちも、おれが手引きしてやる。その代わり、何回も云うけどちゃんとおれを見逃せよ」


 「……騙してません?」

 「あんた騙して、おれになんの得があるってんだ」

 「逃げればいいじゃないですか」


 「追手が来るだろ。追手がよ。あのシロンってやつのガリアは、ちょいとやばいんだ。それに、ずっとバグルスに狙われるのもな……」


 バルビィが顔へ湯をばしゃばしゃとかけた。カラッポの右目が、デリナとちがう、本当の虚空をぼんやりとした灯に穿(うが)っていた。(おお)きな乳が湯に浮かんでいる。色の変わってケロイドになっている傷跡が、鈍くランタンの灯に浮かび上がった。


 「ま、二、三日、住民の暮らしぶりを観察していなよ。あんたが見える人間もたまにゃいるだろうし、そいつらと話してみるといい。竜と人がいっしょに暮らすってことをよ。それから、またギロアに呼ばれるだろうから。それまでにゃ、アーリーの生死も確認できてるだろ。まずは答えを濁しておけ。それから、二人で()りかたを考えようぜ」


 また無言となり、深夜少し前に、二人は上がった。温泉のせいで、冷たい夜風が心地よく感じるほどに二人は火照(ほて)っていた。浴場に設置された山の清水が流れている水飲み場でたっぷり水分を補給し、二人は家路についた。バルヴィは葉巻を取り出して、ガリアではなく浴場のランタンから火を点けた。


 「やっぱり、直に()けるとまた味がちがうのよ」


 カンナは煙の味など、良く分からなかった。独特の香料の混じったような香りは分かった。あまり好きになれない匂いだと思った。虫の声を聴きながら月を見て帰り、カンナはあてがわれた家に入ると、粗末なベッドへもぐり込んだとたん泥みたいにねむった。


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