第1章 9-2 メストのシロン
三人はそれぞれ対照的だった。向かって右側から、白い高級な絹の衣服を身につけた貴族然とした女で、歳は三十前後に見えたが、二十八である。バスクだったら完全にベテランの域だ。黒髪だが、色白で青い眼をしていた。スターラ人でもサラティス人でもなかった。手には、蒸気……いや、冷気だ、冷気を立ちのぼらせる硝子の戦棍を持っている。マレッティはそのメイスを見て、記憶の糸を懸命にたぐった。
真ん中は、すらりと長身の、長い茶金髪を馬尾に結んでいる若く見える女で、これは二十一歳。目が細く無表情な面長だった。左手に片手剣を持ち、なんとガリアは右腕の分厚い鉛色の円楯だった。剣は実剣だ。マレッティはこやつにも見覚えがあった。いや、正確にはその半身の構えに。これは、スターラの正統剣術、アーレグ流だ。しかも左利きなのか、左手剣。あの楯のガリアには、どのような力が秘められているのか。
そして左端は、短身で小太りの、カエルみたいな顔をした小柄な、最も若い女だった。金髪を短く刈って、ニキビだらけの顔をニヤニヤさせている。手には、燃え盛る炎の鞭があった。彼女は、マレッティと同じく十九であった。
(あのガマガエルはいいとして……真ん中と、特に右端はヤバイわよお……)
マレッティは久しぶりに緊張して、そっとアーリーを見やった。アーリーは動じることなく、ガリアから炎を立ちのぼらせ、三人と向き合っている。話に聴く、バグルスめいた頭目というのはいない。
「ギロアとかいうやつはどうした」
アーリーが鋭い眼光をとばし、低い声を発した。
誰も答えない。
「名乗れ」
同じく、三人は無視した。いや……やおら、真ん中がアーリーへ踊りかかった!
いい度胸だった。さすがの度胸というべきか。ダールに真正面から勝負を挑むとは!
当然、左手の剣を振りかざすと思いきや、なんと、その重そうなガリアの楯をハンマーめいて打ちつけてきたので、アーリーも虚を突かれた。ガごぉン! と鈍い金属音がして、斬竜剣が流される。ガリアの力で、異様な重さがアーリーを襲った。手が痺れる。ガリア「灰色厚重鎧楯」であった。
「……これは……!」
さらに、もう一撃! アーリーがその楯による横殴りの打撃をかわしつつ、体を開き、一連の動作で巨大な斬竜剣を振りかぶって叩きつけるも、今度はまともに正面から受けられる。そして、なんと跳ね返された。また、剣が重くなる。衝撃が何倍にもなってはね返ってくる。既に術中にはまったか。
そこへ、左手の実剣が踊りかかった。が、その目にもとまらぬ二連撃、炎色の鱗鎧とダールであるアーリーの皮膚には剣先が通らなかった。
そこで初めて、女が口をきいた。
「さすがです。普通は、これで死んでいます」
いかにも武人めいた、実直な口調と声だった。
「運が悪かったな、殺し屋め」
珍しくアーリーが微笑を浮かべた。
やおら、アーリーを中心に猛烈な輻射の熱波と光が広がり、巨大な火球が振りかざされ、斬竜剣にまとわりついた。そのまま楯遣いめがけ振り下ろされるも、なんと、それを再び真正面から受けた楯より放たれた衝撃波が、火炎の塊を一撃で破壊し、散らした。
「ふうむ……」
ア-リー、瞠目せざるをえぬ。
アーリーと楯遣いの攻防を見やっていたマレッティに、白い服の女が急に間合いをつめた。その硝子の……いや、氷のメイスを、マレッティは思い出した。その、花びらの紋様が刻まれた青く透明なメイスを。
「凍結粉砕……!」
女の動きが止まる。やおら、スターラ語で話しかけた。
「貴様、スターラ人か。我がガリアを知っているのか」
およそ人間味の無い、冷えきった声と顔つきに、マレッティの感性がこいつは嫌で危険なやつと認識した。眼が、まぎれもない、人殺しの眼だった。
「知ってるわよお。メストのシロン」
マレッティもスターラ語で返す。しばらくぶりに話す言語だった。シロンの眼が、細くそして鈍く光った。
「……そこまで知っているとはな……」
「いやはや、メストの筆頭さんが、こんな辺鄙な場所になんの御用かしらあ? 誰を暗殺しに来たのお?」
「……殺すしかないようだな」
「やあねえ、最初からそのつもりのくせにい」
「存分に死ね!!」




