第1章 6-1 サラティスのカルマ
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パーキャスで最も大きい港といっても、リーディアリードの五分の一ほどの規模しかない。交易港というより、漁港といったほうが良いだろう。町の漁師酒場が二、三件あって、賑わっていた。アーリーは適当にドアを開けた。
余所者というより、身長が二十キュルト(約二メートル)はあるアーリーが敷居にアタマをぶつけぬよう、身を屈めてぬうっと入ってきたので、漁師たちはド肝を抜かれて黙りこんだ。その火のような蓬髪と眼、鋭い鼻すじに刃物のような目元。赤竜鱗の鎧に、自分たちより太い腕や脚ときては、無理もない。
まして、スターラ人より北方の民族に見える金髪碧眼のマレッティに、見たことも聴いたことも無い黒鉄色の髪に漆喰めいた白粉肌、さらには濃い翠の眼をしたカンナでは、幽鬼か魔物でも現れたかと思った者もいた。
「ど……どちらさまで」
「我々は、サラティスのガリア遣いだ。ストゥーリア……スターラへ行く途中に船が難破して……ついさっき、ようやく辿りついた。心配は無用だ。明日にでも出る」
「さようで……」
店のおやじが、やや安心したように息をつく。しかし漁師たちはまだ固唾をのんでいる。
「で、なんの御用で」
「ここは飯屋ではないのか? めしだ。金ならある」
アーリーがサラティスのカスタ金貨をカウンターへばらまいた。パーキャスは、サラティスの通貨が通じるはずだった。ようやくおやじが笑顔をみせ、三人を上席へ誘ったのを確認し、漁師たちの喧噪が戻った。
何せ数カスタを景気よくばらまいたものだから、店のおやじにしてみれば、一年ぶんの収入に匹敵した。次から次へと名物の魚料理が並ぶ。タラやスズキ、カマス、メバル、エビ、カニにムール貝の魚介のハーブスープ、魚や甲殻類のハーブ焼き、白身の魚肉をすりつぶして練り、丸めて刻んだハーブを入れた魚肉団子の焼き物や汁物料理、魚の切り身をフライにしたもの、アナゴの煮付け、もちろんハーブ風味。そしてハーブと豆の入ったパン。どれも、島でとれる種々のハーブがふんだんに入っているのが特徴だった。さらに、ホップ草の代わりにハーブを使った島自慢のハーブエール。それらをとにかく出る先から平らげてしまう。漁師たちも自分らの獲った魚をうまいうまいと全て食べてしまうものだから、気分がよくなって、周囲で歓声を上げながらジョッキを上げた。
やがて、朝の早い漁師たちは早々に引き上げだした。酒場には三人だけが残る。
「うまかったぞ」
最も食べたのはもちろんアーリーであった。おやじは心から感心して、三人への警戒心も何も無くなった。
「お三方は、サラティスのガリア遣いで」
「そうだ」
「では、バスクというやつで?」
「知っているのか?」
「知ってますとも。で……どのバスクで?」
どの、とは、つまり、
「我々は、サラティスのカルマだ」
「カルマ!!」
おやじがひきつった。
マレッティとカンナが顔を見合わせる。
「カルマというのは、サラティスのバスクの中で最も『つよい』と聴いておりますが」
「強いというよりい、可能性が高いのよお。知ってる? カルマの可能性鑑定」
「お、お噂は……」
「どっからそんな噂が出るのよ、こんな辺鄙な島で」
「ちょっと、マレッティ……」
酔っぱらったのだろうか。カンナが袖を引く。エールは飲みやすいが、意外と度数が高い。
「い、いえ、ウガマールとサラティスから、ガリア遣いを呼んで、竜を退治してもらっているので」
だからなんなのだろう。自分たちは、明日にでもストゥーリアへ向けて出発しなくてはならない。
「そいつはよかったな。バスクはモクスルか?」
「そうでさ」
おやじは何か云いたそうに、汗をかいて三人の座る席の横から離れない。
「どうしたんですか? 顔色が悪いですよ」
食後のハーブティーを飲んで、カンナが尋ねる。おやじはカンナもカルマと聞いて、思わず身を震わせた。
「あの、その……お三方、よければ、いま、島にいるガリア遣いたちを手伝ってやってくれませんか。十人いたガリア遣いも、いま三人なんでさ。い、いや、待ってください! 雑魚竜なんざ、お三方の手を煩わせるものではないことは重々承知で……つまり、その……こんなことを頼んでいいのかどうか分かりませんが……」
おやじがゴクリと音を立ててつばをのむ。




