第1章 4-1 海竜
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案の定、船は揺れに揺れた。全長約三百三十キュルト(約三三メートル)、全幅は約九十キュルト(約九メートル)のやや細長い高速貨客船であるタータンカ号は貨物が主で、乗員が百二十人に対し乗客は三十人ほどだった。喫水が浅く速度が出る代わりに、安定性に欠け横波に弱かった。
薄暗い船室でみな船酔いに苦しんでいた。金を惜しまず特等室を陣取った三人であったが、カンナも胃の中のものを全てトイレへ吐きつけて横になり、唸り続けるだけだった。マレッティに到っては死んだように眼をむいている。船酔いもさることながら、マレッティは異様なほど何かに怯え、毛布をひっかぶって震えていた。
さすがにカンナが声をかける。
「マレッティ、ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょお!!」
とでも返って来るかと思ったが、マレッティはそんな余裕も無くカンナの腕を握りしめた。カンナは驚いて、マレッティの肩をさすってやった。子供のように怯え、震えていた。
(何があったんだろう……)
思わずにはいられない。
アーリーはさすが、微動だにせず床板に座り込み、胡座のまま瞑想している。だが心なしか、いつもの迫力がない。火の象徴たる赤竜の娘である彼女にとって、水は、実は鬼門だった。そこまでして、急ぎストゥーリアへ行かなくてはならないのか。
大波というわけではないが、風が逆巻いて三角波にウネリが生じ、大型の帆船はミシミシと音を立てながら立体的に揺れた。これが器官を狂わせ、慣れぬ者は一撃で酔う。
そのような状態で丸一日を過ごした。しかし、夜も眠られるものではない。まんじりともせずに明け方を迎えたころ、アーリーが揺れの中、やおら立ち上がった。
「ど、どうしました?」
「……竜だ」
「えっ!?」
ゴッ、ゴッゴッ、と舷側に何かが突き当たる鈍い音がした。さらに、岩礁にでもぶつかったような摩擦音が続き、船が大きく傾いた。風に流され、本当に座礁してしまったのだろうか。
「竜が襲ってきている!」
アーリーが船室のドアを開け、出ていってしまった。カンナは続こうとしたが、躊躇した。海の素人が、こんな大揺れの甲板に出ても大丈夫なのだろうか。陸と勝手がちがう。
しかしマレッティが毛布をかなぐり捨て、歯を食いしばってアーリーへ続いたので、カンナもあわてて続く。
他の乗客はそれぞれの船室で震えているだろう。一部の上級船員たちと、アーリーら三人だけが波と雨の吹き荒れる明け方の甲板に出た。帆は既に畳まれ、タータンカ号は波間を彷徨っていた。
「乗客に、ガリア遣いはいないのか!?」
「我々がそうだ!!」
船長の雄叫びにアーリーが答える。
「助っ人を頼む!! こっちにゃ二人しかいないんだ!!」
見ると、船の雇った対海竜要員だろう、大きな機械式の穂先のついた三叉銛を手にした歳のころ二十そこそこの若い女と、鎖につながる大きな錨を振り回している大柄な三十を越えたほどのベテランらしい女がいた。
「二人ともスターラのガリア遣いなんだ!」
船長が叫ぶ。風の音と波の音で声も通らない。
「竜はどこだ!?」
「あ、あそこで!!」
アーリーも初めて見る。あれが海竜か! それは、まず巨大な魚に見えた。水晶めいた大目玉が波間から飛び上がるたびにギロギロと船を見すえた。完全に流線型をした、マグロみたいな竜だ。四肢も鰭となっており、尾の先には強力に水を推進する縦鰭が伸びている。それらが何頭も船の周囲を泳いでいる。しかも、執拗に船体へ体当たりをくらわせているではないか! 先ほどの音は、この海騎竜が船へつっこむ音であった! 硬質な鼻先の嘴のようになっている噴が板材を破壊し、浸水が始まった!
「サメよりたちが悪いな!!」
と、波間に飛び上がった竜めがけ、錨を振り回していたガリア遣いがその刃のついた錨を叩きつけた。鎖が伸び、一直線にガリアの錨が命中し、竜の身体がひしゃげて血を波にぶちまけた。またガリアなのでそのままブーメランめいて自在に戻ってくる。三叉銛のほうは、投擲すると穂先だけが発射され、さらに三叉がそれぞれ飛びでて竜をとらえ串刺しにした。
さすがに、船の上から海竜を狩るガリアをもった者たちだったが、なにせ数が多い。しかも、全長三百五十キュルトはある、この船よりも長い巨大な蛇のような肢体が波間に現れる。
「大海蛇が来たよお!」
錨のほうが大声を張り上げた。




