第3章 11-1 カンナの最後の仕事
「アーリー……アーリーイィ……」
「……カンナよ……私は……正しかったのか……分からない……だが……」
「分かってる……もういいから。わたしは大丈夫だから」
「すまん……平和な……暮らしを……奪い……」
アーリーの顔へ、カンナの涙がとめどなく落ちる。
「……さら……ば……だ……」
アーリーが絶息する。カンナは、しばしアーリーの頬を撫で続けた。
「カンナちゃん!!」
ライバの瞬間移動を駆使して飛んできたスティッキィがカンナへ駆け寄ろうとして、ライバへ止められた。スティッキィも涙をぬぐい、そんなカンナとアーリーをみつめる。
「デリナ様!」
マレッティは、デリナを捜し、そして発見した。
「デリナ様、デリナ様!」
こちらも半竜化の解けたデリナは、なんとか五体満足だった。だが、審神者として一人で神代の蓋を支え続けたのは、やはり無理があった。全員がただのダールならば、とても持たなかった。
「マレッティ……」
膝をついてデリナの肩を抱きかかえ、マレッティが泣きわめく。
「死なないで……お願い……デリナ……死なないで……!!」
ライバも、デリナへ近よった。かつて、デリナへ仕えていた。
デリナはかろうじてまだ光の残る瞳で、二人を交互にみつめた。
「二人とも……ありがとう……結局……こんなふうになっちゃった……」
「デリナ様……」
ライバもデリナのかたわらへ膝をついた。
「これで、世界が変わる……それがいいのか……悪いのか……後世の人々が……判断するでしょう……カンナの神話が……ここからはじまる……のよ……」
二人は懸命に、デリナを言葉を聴いた。
「ライバ……カンナを頼んだわよ……」
「はい……デリナ様」
「マレッティ……」
記憶が戻ったのか。デリナははっきりとマレッティをみつめ、微笑んだ。
「泣かないの……」
「デリナああ……死んじゃやだあ……死んじゃやだあ……!」
「マレッティ……生きるのよ……精一杯……新しい世界で……カンナの神話を……伝えて……ちょうだ……」
「デリナああ!!」
「……さよう……な……また……会いま……しょ……」
デリナも、眠るように、その肩を落とす。
マレッティの慟哭を、カンナも背中で聴いた。
そして、アーリーを地面へ寝かせると、立ち上がる。
「カンナちゃん!」
やっと、スティッキィがカンナへすがりつく。
「やったわ……神様を……やっつけたのよ……!!」
「そんなもんじゃないよ。……イタッ」
抱きついていたスティッキィがあわててカンナより身を離した。その竜神に咬み砕かれた肩が、肉が弾けて骨も見えている。しかし、例のバグルスの力で、なんと血はほとんど止まっていた。
それでも、重傷にはちがいない。良く見ると脇もへこんでいる。肋が砕けているのだ。
スティッキィはわなわなと震えながら、自分の上着を脱いで引き裂き、包帯として巻こうとした。
「いいよ、スティッキィ。どうせそのうち治るよ」
「そんな……だめよ!!」
「それに、もう、行かなきゃ」
ぎょっとしてスティッキィとライバがカンナを凝視した。
「どど、どッ、どこに行くのよおおお!!」
「向こう側からも、鍵をかけなくちゃ」
「はああああああ!?」
とたん、スティッキィが発狂したかのように泣きわめきちらし、行かないで、行っちゃだめ、置いてかないでと懇願に懇願した。
「ごめん……スティッキィ……」
カンナが、素早くガリアの力で再び空中へ浮いた。
「待って……待って、待って待って待って待って、まってえええええ!! カンナちゃん!! カンナああああああああ!!」
カンナは、やさしく微笑みながらスティッキィを見ていたが、やがて顔を返し、上をむいて神代の蓋へ静かに昇って行った。
「カン……!!」
スティッキィ、涙をぐいぐいとぬぐって、
「ライバ!!」
「……ああ」
ライバもしっかりとうなずいた。
そこで初めて顔を上げたマレッティが、二人が何をしようとしているのか察して、息をのむ。




