第3章 10-1 アラス=ミレ博士の仕掛け
「二人は、責任を持ってあたしが眠らせたから。もう……二度とめざめない」
「む……」
アーリー、言葉を失った。ホルポスの覚悟を思い知った気分だ。そこまでしてくれたことを、感謝した。
そしてホルポス、驚きの顔で自分を見ているデリナへ顔を向けた。
「……ずいぶん印象がちがうのね」
「え……そ、そうかしら……」
「ひとつだけ教えて」
「なに……」
「お母様を殺したのは、黒竜、あなたなの?」
アーリーも息をのむ。デリナと、ホルポスを交互にその鋭い瞳でみつめる。
デリナは、少し眼を伏せ、しかしはっきりと云った。
「……信じなくてもいいけど、カルポスに薬を調合していたのよ。毒じゃないわ。本当よ」
「なんの薬? お母様は、なんのご病気だったの!?」
「あなたのお母様は……あなたのお姉さん二人を相次いで失って、もう心と身体の調子が狂ってしまって……精神を安定させる薬は、調合が難しく……カルポスは、自ら命を……」
「そう」
ホルポスが眼をつむった。涙が溢れ出たが、すぐにぬぐって、気丈に顔を上げた。
「で!? あたしたちは何をすればいいの!? アーリー! バスクス様はどこ!?」
そうだ。カンナはどうなったか。
アーリーが竜神とカンナの戦っていた方角を見たときであった。
上空に、巨大な神代の蓋が出現した。
10
カンナは、ギリギリ黒剣を地面へ突き刺してそれへすがり、なんとか崖下へ落ちるのを防いだ。血のついた手で顔からずれたメガネをかけ直し、目の前で炸裂した紫の閃光をみつめて、その光の勢いに顔を背ける。
「……レラ……!!」
カンナは歯を食いしばり、剣を握って半分以上崖下へ落ちかけている身体を起こした。
「……ケフッ!」
また、血が喉の奥からふき出て口よりあふれる。胃が破裂したか。だが、痛みはそれほどでもない。ギリギリと奥歯を食いしばって、なんとか崖上へ這い上がろうとするが、足元に何も無く、なかなか上がれない。
バキッ!
奥歯が砕けたような感触がして、小さな丸い粒が口中に出てくる。思わずそれをのみこんだ。とたん、全身へ……いや、全身の奥底の血液の底の底より、共鳴と稲妻がほとばしった。
「……!?」
ストラ竜神が、思わず振り向いた。
カンナが猛烈な震電霹雷に包まれて、神通力でも中和できないほどの共鳴を竜神へ向けた。
バリバリバリ!! プラズマ光へ包まれて浮き上がり、カンナの姿が変化していく。手足が伸び、髪や背も伸びて肉付きも豊満となり、デリナを思わせる姿となって、まるで一気に成長したようだった。その背後に、人形のような姿となった黒剣が浮かんでいる。服がはち切れんばかりにぴっちりと身体へまとわりついている。
アラス=ミレ博士がカンナの奥歯へ仕こんだものは……我々の世界で云う分子ロボットというか、ナノマシンというか……人間と融合したバグルスの細胞を極端に活性化させる即効性の自律型酵素あるいは分子ウィルスのようなものだった。この世界でどのようにそういう類のものが製造できるのか……それは、ある種の天限儀の力なくして不可能である。アラス=ミレ博士も、天限儀士であった。
しかし、バグルスでは実験できたが、カンナへどのような作用があるものか、まるで未知だった。せめて、そのダメージを少しでも、あるいは即座に回復させる一助になれば……と博士は思ったのだろう。しかし、これは。
「……目覚めたかえ、ガリアムス・バグルスクス!!」
竜神がニヤリ、と笑った。が、
「竜を滅ぼす神めが!!」
その眼から、余裕が消えている。
ところが、カンナはギリギリとさらに歯を食いしばり、全身の力と精神力をこめて、強引にその姿を元へ戻した。黒剣も再び剣となって、カンナの右手に握られる。
「ハアーッ、ハアーッ!!」
「ほほう……」
意外、という顔つきでさらに笑いながらストラ竜神め、
「あくまでカンナカームィで決着をつけようというか!」
カンナは答えず、上目になって荒く喘いだ。




