第3章 8-5 神業合
ホレイサン人というのは、やっぱり何を考えているのか理解できないというふうでガラネルは深夜に松明の中でまだ立ち働いている人々を見ながらつぶやいた。しかも新しい場所で、井戸のついでにまた温泉を掘っている。どうあっても風呂がほしいらしい。
「こいつらの行動の原動力は、信仰心というだけでは説明つかないわ」
「で、わたしたちはどうするの?」
ガラネルが目を丸くしてデリナを見つめる。
「そりゃ、助太刀しないと。あんたには強要しないけど。むこうも、アーリーやショウ=マイラがつくでしょうし」
デリナは、両頬をパンと叩いた。
「わたしもやるわよ! カンナとは、もう二度とやらないけど」
「アーリーとのけじめ?」
デリナは答えなかった。
二人は神業合へ立ち会うと近所の神社から来て色々と手伝ってくれている壮年の権宮司(副宮司のこと)へ告げ、
「もし私たちが戻らなかったら……その時は新しい神を奉ずるもよし。古い信仰を細々と残すもよし。まかせるから」
朝方に日空竜へ乗ると聖地へ向かって飛んだ。
見る間に湖と砕けた島が見え、朝日に照らされたアメシストの原石のような小さな石柱めがけて降下する。
近くへ竜を下ろし、二人は石柱の前へ用意してきた供物を捧げ、ガラネルを司祭として紫竜の祭礼を長々と行った。
「ご苦労」
気がつくと、石柱が竜神となっている。まだ、ガラネルの死んだ末娘、ストラの姿をしていた。
「紫竜皇神様……」
ガラネルが感慨深げに竜神を拝む。先日の霊体はまだしも、竜神が実体化に際しこの姿でいるのは、ガラネルの望みである。竜神と自分の、強いつながりを感じざるを得ない。
「さても、この国の治天の君は面白いことを考えよる。太古も太古、天と地が渾沌としていた時より、この地へ住まっていた連中は不思議だった」
「そうなのですか?」
昔からそうなのか。いや、神話の時代よりだから、昔とかいう次元の話ではない。
「みな神々の力を畏れ人は遠ざかったが、この地の連中だけ面白がって集まってきよった。この竜足下の国は、そうして集まった物好きどもが作ったのよ。それが未だに残っている。いまや、当時からあるクニと呼べるものは、ここだけよ」
「へえ……」
「この国の竜の権威は、伊達ではない。それなのに……新しいカンナという紛いを奉じても構わぬとな」
ストラが楽しそうに笑う。
「愉快なやつらよ」
二人は、戸惑うほかはない。この国の竜人皇は即位に際し神と一体化して生き神にも等しいとされてはいるが、その実はやはり人間だ。その人間が勝手に、神と神の戦いの勝ったほうを拝むなどと決めつけている。神を侮辱してることにはならないのだろうか?
だがそれを聴く勇気は、二人にはなかった。
まさに「神様は気まぐれ」だ。
「それ、その紛いが来おったぞ」
紫竜神、ストラのすました顔で、逆光に光る太陽を顎で示した。
日空竜が一頭、カンナとアーリーを乗せ、空を飛ぶ力を持った他の三人を従えてやって来た。
分断され、崩れかけている神の島の尾根の上に、二柱の神……いや、正確には一柱の神と一人の神となるべく造られた少女、それへ付き従う者たちが立っている。巫女衣装のような恰好をしたストラ竜神の後ろには、祭祀装束のままのデリナとガラネルが、馴染んだバスク服のカンナの後ろには同じくバスク服のアーリーとレラ、古いディスケル様式の服のままのショウ=マイラと、こちらで仕立て直したウガマールの古い神官服を着たマイカがいる。
スティッキィ、マレッティ、そしてライバとマラカ、パオン=ミの五人は、最初にスーリーの下りた丘の上でこの神業合を見届けている。そのほか、移動した新カツコ村の人々や、コアン関の人々、さらには少し遠いがシャクナの人々も重要な生き証人となるだろう。
風が吹いた。
わずかに空を白く彩る雲が流れる。
神業合は、口上も何もなく、ふいに、始まった。




