第3章 8-2 最後の、夢
そこで、初めて、夢の中の人物が口をきいた。
「カンナ、最後の伝達です。貴女が、どうやって古き竜神を封神し、その後、貴女が何を成せばよいのか」
相変わらず、絶世の美女だ。容姿も、物腰も、身分も、すべてが美しい。神々しくすらある。
彼女は、審神者一族の出身だという。
その彼女が、自らのルーツを滅ぼすのはなぜか。
「カンナ、貴女は自ら望まずのここまで来たことでしょう。我は、貴女へこれを託すことの罪の重みに、つぶされそうです。それは、赤竜の子も同じこと……」
「アーリーのこと?」
「カンナ……」
皇太子妃が、再びあの天限儀を出した。古代の、青銅製の爵を。ただし、遺跡から出る錆びたものではない。いま作られたような、ビカビカに輝いている爵だ。その古代の竜神面紋様の眼が、黄金に光を放つ。
その爵を、カンナは手に取った。ちょうどカンナの手に納まるほどの大きさで、比較的小さな爵だった。
何をすればよいのかは、もう分かっていた。静かに爵へ唇をつける。光の液体ともいえるものが、カンナの喉の奥へすうっと入ってきた。冷たくも暖かくも無く、味も何もない。知識だけが、本を読むように頭と心へ融けこんでくる。
「カンナ……」
皇太子妃は、泣いていた。
「我を許し給う……人を許し給う……竜を許し給う……」
「どうして、泣いてるんですか?」
不思議そうに、カンナが尋ねた。
「……この世界を……許し給う……」
皇太子妃が、遠ざかってゆく。
暗闇が訪れ、再び暑い太陽が見えた。
ウガマールの太陽だ。カンナは、自分の姿を見た。眼鏡もまだしていない。眼は、奥院宮で古文書を夜も薄暗い中で読んでいるうちに、急速に悪くなった。ふつうの、古ウガマール人だった。アートと同じく日焼けしたような小麦色の肌に、艶やかな黒髪。瞳の色も、茶褐色だった。こんな、人間離れした漆喰色の肌や碧色の瞳は、どこにもない……。
以前の自分は、もう、死んだのだろうか。それとも、今の自分が、自分なのだろうか。
分からない。
涙が、出てきた。
「…………」
母親が、カンナを呼んだ。カンナ……カンナカームィという名ではなかった。
しかし、聞こえなかった。なんという名なのか、聞こえなかった。
カンナが、うっすらと眼を開ける。
涙が、水へ馴染んで融けていた。
そのまま、身を起こす。
「……? ……」
自分がどこで何をしているのか、にわかに理解できなかった。水から頭と肩、胸までを出し、ウガマールにいると思った。いつの間にウガマールへ戻ったのだろうか? あの竜神との戦いも夢だったのか?
「バスクス様の御目醒」
一瞬、奇怪な言語に聞こえたが、すぐに脳が変換する。ショウ=マイラの術は、まだ生きている。
「博士、バスクス様が……」
白衣の男性が、長椅子で横になっていた女性へ声をかける。女性が跳び起きて、机の上のメガネをかけた。
カンナは、大蝋燭の明かりの中で、ぼんやりと蛍めいて丸く光る蝋燭の火を見つめていた。近眼と乱視なので、蝋燭の火は全て丸くぼやけている。
「起きた? 調子はどうですか?」
スミナムチが尋ねつつ、手早く眼の奥を覗きこみ、胸や喉元を触診する。
「えーと……」
カンナは、自分を診察する人物も誰かわからなかった。
「バスクスさん、調整はうまく行きました。あとは……なるようになるでしょう!」
「え!?」
「さ、立って立って」
石棺から出て身体を拭かれる。ディスケルの後宮で仕立ててもらったバスク服を着ていると、なんか……前より身体が軽い気がした。




