第3章 7-9 人が神を作る時代
「なに……!?」
アーリーの頬が、少し、ゆがんだ。
「どういう意味だ」
「人が停滞を迎えているからこそ、聖地は古代の竜神を再び地上へ顕現させ、人の世に喝を与えようとしたのではないのか」
「逆効果だ」
「どうかな……」
「先代の黄竜であれば、ディスケル帝国建国を担ったと聴く。現代の事情は知るまい。人は、この数百年で思いのほか停滞している。このままでは、遠からず人は滅ぶ。死に絶えるという意味ではない。文明が滅ぶのだ。ディスケル帝国崩壊をきっかけとして、世界を巻きこんだ大戦乱が起きるだろう。だが、未曾有の大戦乱を納める帝国は、しばらく現れまい……まして、そのような時に古代の神が直にこの世に存在するなど……混乱に拍車をかけるだけ」
「否。大戦乱だからこそ、強い神が必要なのではないのか。竜神を奉ずる新帝国が現れる」
「詭弁だ」
「どっちが……」
「そうはならん」
「なぜ、わかる」
「現代人は、強さだけでは従わん!」
ヒチリ=キリアが黙る。確かに、その通りだろう。ただ神が直に存在しているからといって、本当に実体化していてはただのバケモノだ。人々の精神は、ここまで文明が発展していては、ただ純粋な強さを崇めるほど単純ではない。素朴な古代人ならばそれでもよいだろう。現代人にそれを強いるには……新たに全てを破壊してしまわなくては。
その大破壊に、世界は耐えられないとアーリーは云っている。
「古き神は、現代では害でしかないと?」
「然り」
さすがに、ヒチリ=キリアが少し気色ばむ。
「ずいぶんと傲慢ではないか、赤竜よ。その浅はかさを裏付けるかの如く傲慢だ」
アーリーはやや、押し黙った。また、蝙蝠が二人のあいだをひらりと舞う。月が雲へ隠れた。
そして、アーリーが静かに口を開いた、
「ホレイサンの勅使の言を聴いたか」
「……ああ」
「古き神と、新しい神と、どちらでもよいときた」
「そのようだな」
「人は、かくも強かだ。古き神が勝てばそれまで。新しき神は、信仰の対象を自分たちで作り出す。恐れ入るではないか……」
「神が人を作り時代は終わり、人が神を作る時代だというか」
「然り」
ヒチリ=キリアが思わず鼻で笑った。自分で云っておいてなんだが、意味が分からない。
「この国は、大昔からそうだ。何を考えているか、皆目見当がつかん。理解不能だ」
「だが、この国がいまや世界の左右を握っている。古き神が負ければ、我らの存在意義も、もう無いだろう」
「己を否定してまで、新しい神に懸けるか」
「否。神に懸けるのではない。その神ですら作り出す、人に懸けるのだ。カンナは、その象徴にすぎない」
「同じことだ、赤竜!」
ヒチリ=キリアが、アーリーをにらみつける。黄金の光が強まった。
「古かろうが新しかろうが、神がじっさいに顕現していることに違いはない!」
「否! 私は、人と竜の架け橋として、カンナを造ったのだ!」
ヒチリ=キリアがギリッと歯を食いしばり、アーリーを凝視する。アーリーも、その視線を真正面から受け止めた。
雲が流れてきて、月を隠す。月光が、消えた。
「……人が滅べば、竜も滅ぶと?」
「秩序が滅ぶからな」
「フン……」
「ヒチリ=キリアよ、協力しろとは云わん。邪魔をしないでくれ。お前の役目は、もう終わっているはずだ」
「ところが、終わっていないからこうしてまだこの世に居るのだそうだ」
「なに……?」
「まあ、いい」
ヒチリ=キリアは踵を返した。
「……そこまで云うのなら、見届けさせてもらおう」
しかし、歩みかけて、止まる。




