第3章 7-7 人が望まぬ神
「どういう意味だ?」
「ホレイサン=スタルは竜神の守護国であり竜神の加護を受けているが、それは信仰と引き換えよ。我らは、拝む対象が必ずしも竜神である必要はない。我らが神を選ぶ。神が我らを選んでいるのではない。主上は、神業合で勝った神を新たなホレイサンの神とすることに決めた。信仰なくして神無し。神がいるから信仰があるのではない」
「ふうむ……」
アーリー、独特の宗教観というか、信仰心というか、ウガマールとの違いに戸惑った。人が神を望むから神が存在するとは……! すなわち、人が望まぬ神は、存在を許されない!
他の三人は、まだポカンとしている。
「マレッティ、あんた、この人の云ってる意味、分かってそこに座ってんの!?」
「分かるわけないでしょお!」
ま、そうだよね、とスティッキィもそこだけ納得した。
「じゃ、なにやってんのよ、あんたは」
「私からご説明しますと……」
スミナムチ……アラス=ミレ博士が口を開いた。
「結論から申しますと……私がバスクスさんの調整をします。そのために参りました。マレッティさんとは、カツコの宿のあった場所の近くで会いまして……」
話が長いのでかいつまむと……。
ディスケル皇太子とミナモことアチメ=ナムヤ皇子は、すぐさま合流できた。ミナモとスミナムチが街道を避難の村人へ混じりカツコの宿へ向かっていると、目ざとく皇太子側で発見したのである。ディスケル皇太子とミナモは一度だけ会ったことがあったし、互いの手の者を交換し合っていた。皇太子はその手の者を周囲に散らして、情報を収集していたのだ。
それは、カツコ宿近くで新しい紫竜神村を作ったガラネル達の集まりにも同様に送りこんで、逐一動向を把握していた。
皇太子からガラネルの様子を聴いたミナモがすかさず筆をとり、聖地一帯の農村群を治める代官当てに一筆書いた。代官所であるヤマナ城まで歩いて一日半ほどだったが、忍びの心得のある者が四半日で到達し、代官はひっくり返ってそのミナモ直筆の添付書状を押し頂いて都へ早竜を飛ばした。
そして、あっという間に話がついたのである。旧態然として、頑として動かないこと山のごとしが語り草のホレイサンの朝廷だが、こういうときは異様に早い。それが、ディスケル帝国以前から続いている竜足下の国の処世術であり、その竜足下の国が竜神以外を信奉するのに何の躊躇も無いのが、ホレイサンという国の恐ろしいところだった。
現地にいるミナモへ父である帝より勅命が下り、勅使としてシャクナへ行くこととなった。ガラネルのところにも、勅使が行くことになるが、それは都から別の人間が行く。
ちなみにマレッティは、目立つので落ちてた布を頭からをかぶってウロウロしていたところを、同じく皇太子の手の者が発見。スティッキィと間違われたため普通に接触して皇太子のところへ案内した。すると、ミナモがいた、というわけだった。
「そんなわけでえ、とりあえずデリナ様が無事みたいだったから、こっちの皇子さんといっしょにいるのよお」
マレッティが眉を下げ、だけどこんなかっこうさせられて……と迷惑そうにつけくわえる。
「それで、あんた、これからどうすんのよお」
「そりゃあ……」
マレッティがミナモを見る。マレッティとしてみても、デリナと接触するにはあのガラネルとやらが邪魔なのだった。ガラネルを排除するには、おそらくカンナが勝って竜神ごとガラネルを排除するしかないだろう。
「カンナちゃんと神様の戦いを、最後まで見届けるしかないんでしょおねえ」
マレッティはそう云って天井を仰いだ。
「なんにせよ、少なくともここにいる者共の望みを叶えるには、バスクスには勝ってもらわねばならん。勝つというのは、封神を意味するが」
ミナモの言葉に皆がうなずく。その「想い」だけが、全員を此処まで来させた。
「で、話は最初に戻りますけど、そこで私の出番というわけです!」
すなわち、ここの技術者よりも凄腕のスミナムチ……バグルス製造と研究の第一人者、アラス=ミレ博士が直接カンナを調整するというのである。
「だあいじょおぶなのお!?」
スティッキィが引きつったような声を発したが、
「大丈夫です!!」
鼻息も荒く、胸を叩いて断言する。必然、いっせいにミナモへ視線が集まった。
「博士に任せよ。それだけが取り柄ゆえ」
「皇子様、ひどい!」
顔を赤らめてスミナムチが膝立ちとなり、
「よい年をしてこうだ」
一同が、朗らかに笑った。




