エピローグ-4 竜歌
「半分以上が死んだ。生き残った連中も、ほとんどは身体や精神を壊し、いまはどこでどうしているものか、まるで分からない。二人だけ、五体満足で暮らしているはずの者がいる。一人は八年ほど前に辞めた。結婚し、子もいる。噂ではストゥーリア近郊の村にいるというが、音信不通だ。もう一人は、二十年ほど前に、ゆえあって引退した。いまも独り身でどこかにいるらしいが……旅に出たまま行方不明だ。ホールン川を越えたのを見たという者もいる。現役は、私とカンナ、マレッティ。そして……未だストゥーリアにいるモールニヤの四人だ」
そのマレッティは、今日も一人でどこかへでかけていた。フレイラの葬儀にも出ず、一人でいる時間が多い。やはり、相棒だったフレイラの死が関係しているのだろうとカンナは思っていた。フレイラの死を現実として受け入れ、墓を自分たちと共に見るのは辛いのだろう、と。
(いずれ、この中にわたしのお墓も並ぶんだろうか……)
カンナは無性にもの悲しくなってきた。
おそらく自分より遙かに歴戦の手練であったろう、かつてのカルマたちの墓をこうして眺めていると、竜属の侵攻より世界を救う可能性が99という話も、まるで夢想に思えてくる。
(どうして、わたしの可能性はそんなありえない数字なんだろう……)
「カンナ……戦う意義など考えるな。そして考えろ。ガリアと竜の存在意義を」
慰めているつもりなのだろうが、何を云っているのかまったく理解できない。カンナはうつむいた。
「アーリーさん……わたし……」
「デリナはいったん下がったが、遠からずまた来る。そして、竜の本格的な侵攻は始まったばかりだ」
「竜との戦いは、ずっと続くんですか?」
「続く」
「どうして、竜は……攻めてくるんですか?」
カンナがアーリーを見上げた。アーリーは森の奥を見すえたまま、答えなかった。
カンナは再びうつむいた。
「顔をあげろ、カンナ。前を見るのだ。私と君で、竜と人の架け橋となり、竜と人の関係を正す」
アーリーが、カンナの細い肩へやさしく手をかけた。カンナはびくりと身をふるわせたが、その感触が予想外にふわりと暖かく、カンナはアーリーを見上げた。アーリーが、これまで見たことがないほど自愛に満ちた微笑みでカンナを見返す。
「……私たちなら、それができる。いや、やらなくてはならない。頼む。カンナ。……カンナカームィ。どうかこの名を覚えておいてくれ。私は……私はアリナヴィェールチィだ」
カンナは息を飲んだ。ダールが本名を教える意味。最大の信頼の証。ウガマール人がそれと同じ習慣を持っているのは、古くウガマールに住まっていた伝説のダールに由来した。カンナは胸が感慨で満たされ、涙が出てきた。
「は、はい……はいっ! がんばります……! がんばりますから……わたし……もう悩みません……! 自分がどうして……こんな目にあうのかとか……どうして可能性がそんなにあるのかとか……可能性が……あるから……こんな苦しい……目に……とか……わたし……」
カンナは感情につまり、うまく云えなくなった。アーリーが背中をさすった。
「悩んでもいい。疑問に思ってもいい。私がいる。真に竜と人……いや、人と竜をつなぐのは、カンナ、君だ。それだけは忘れないでくれ」
「……はい」
カンナは涙を拭き、眼鏡をかけ直して、アーリーのやわらかい笑顔をしっかりと見た。アーリーに対し、もう気負いも恐れも無かった。アーリーは、カンナをみつめるにつれ、三十年前を思い出さずにはいられなかった。
(……かつてウガマールでは、竜へ対抗すべく人為的に強化した戦士を作り出そうとしたが……全て死んだ……私がバグルスの基礎技術を密かに盗み出してウガマールへ伝え……ついに誕生したのが君だ……)
カンナをみつめるアーリーを、カンナもみつめ返した。アーリーは、カンナの肩へ手をかけたまま、その肩を静かに抱きよせた。
(カンナ……君は、人の最後の希望だ……しかし、人は君へ希望を託しすぎている……このままでは、君は人の希望に押しつぶされてしまう……私が、君を人の希望の奴隷から解き放ってみせよう……! 君を単なる竜退治の道具にはさせない……それが私の……君を生み出した張本人の一人である私の責務であり……君と人と竜のためでもある……!!)
アーリーの紅い目と、カンナの濃翠色の目が交わる。
カンナはアーリーに抱き寄せられ、驚きのあまり息がとまりそうになった。
「カンナ……こういう竜歌がある」
アーリーは透明なアルトで、しっとりと歌いだした。
竜の命 人の命 螺旋にからみ 無限に続いてゆく----
カンナはそっと目をとじ、心地よいアーリーの体温と不思議な音調の歌声に抱かれた。
「人と竜の……架け橋……」
風がそよぎ、泉から、ミントの香りがした。
フレイラの墓の横に、蛇苺が実をつけている。
第1部「轟鳴の救世者」 了




