第3章 7-5 シャクナ
白髭も見事な七神分社の大宮司が衣冠束帯に笏を持って正装し取り巻きを連れ、スティッキィにおぶられたまま気絶しているカンナを深々と伏し拝んだ。
それがアーリー以外には不思議だったが、
「そも我ら古くより聖地へお仕えしている者にとって、ガリアムス・バグルスクス様は竜神様と同格なのです」
「同格?」
「人は、神と神との争いには加担しません……畏れ多いことです。その結果に従うのみ……それまでは、どちらも、拝むのです。特に、この竜の足下の国とそこへ生きる諸々の民人にとって、古よりそれが掟なのでございます」
そういうものなのか。パオン=ミやスティッキィ、ライバにはよく理解できなかったが、カンナが救われるのなら何でもいい。
「つまり、カンナを排除しようとした聖地の審神者どもは、既にその掟へ叛いているのだ」
アーリーの深いアルトの声に、大宮司がまた深く伏し拝んだ。
「罰が当たり、聖地は滅びました。もはや、古の理は通じませぬ。新しき理に、従うのみにて……」
また、パオン=ミ達がアーリーを見やる。
「その新しい理が、古代の竜神か、新しいバスクス神か。……これは、そういう明快な分かれ目だ」
「へええ」
カンナをおぶっているスティッキィが純粋な感心の声をあげる。
「たいしたものねえ、カンナちゃん」
「カンナが、望んでなったものではないがな」
そう云ってカンナを撫でたアーリーの声が、心なしか涙ぐんでいた。
「カッ、カンナさんは……」
ライバが、真剣な顔つきでそう云ったのでみな注目する。
「の、能天気で、何も考えてないようですけど、逆に、その空っぽさが、すべてを受け入れる器になっているのだと思います。そ、そうでなくては、とても万人の願いを受け入れる神様になんか、なれっこありませんよ!」
「褒めてるのかどうか、わかんないわよお」
すかさず出たスティッキィの声に、思わずアーリーも微笑んだ。
「そうだ。カンナは、たまたまバスクスになったのではない。なるべくしてなった。カンナでなくては、とうてい成しえないことだ!」
自分を納得させるだけの勝手な決めつけかも知れない。しかし、アーリーはそう思うことで、新たな力を得た気がした。
「では、みなさま、これへ……」
大宮司が一同をうながし、分社の裏手より施設へ入る。
聖地の予備として整備されたシャクナの七神分社は、表向きはただの神社で、聖地の外宮のような役割を担っている。裏は、バグルス製造・調整の予備施設だ。長らく本格的に使われていないが、聖地の技術者が常駐して整備されており、たまに試験的に使われていて、全く問題ない。装置類も最新とはゆかないがウガマールよりかなりマシだった。
地下に、それらの施設があった。石造りで、まるで古墳だった。何十という大蝋燭が燈され、意外に明るい。橙色に空間がゆらめき、輝いている。通風孔があり、空気はむしろ新鮮で清浄だった。
石棺めいた調整槽に神社の敷地内より沸き出る神水がなみなみと注がれ、服を脱がされたカンナが静かに横たえられる。アーリーと大宮司の命で聖地の技術者が適切に処置をする。原理はほとんどウガマールと変わらない。ただ、ウガマールではブスブスと肉体へ刺していた太い針が、ここでは額と両手首、両足首へなにやら絹の組紐を結んだだけだった。それが水の中から出て調整槽の外へ垂れている。しかしどこかへつながっているわけではなく、飾り紐のようだった。
それが逆に一同を驚かせる。あの針から栄養や空気(正確には酸素)が送られているのでは……?
「いいえ、ガリアムス・バグルスクス様は、そのバグルスの肉体で、直接神水からそれらを得ることができるのでございます」
大宮司の説明に、アーリーも驚いた。そうだったのか。
「そもそも『バグルス』とはガリアムス・バグルスクスより派生した言葉……もちろん、ガリアムス・バグルスクス略称の『バスクス』もそうです」
そして、バスクスをもじってサラティスではガリア遣いの竜退治人を「バスク」と呼んでいる。いや、ガリアですら、「ガリウスの」という意味のガリアムスから派生した言葉だ。
すべては、つながっているのだった。
「復活まで、どれほどかかる?」




