第3章 7-2 街道筋の「大騒ぎ」
「避難民みたいだぜ」
きっとカンナと竜神の戦いに肝を冷やし、逃げてきたのだろう。取り急ぎ、関所へ集まっているようだ。
「あらあらまあまあ、まあまあまあ! ウヒヒ、こりゃ、勿怪の幸い!」
ショウ=マイラが嬉しそうに笑う。レラとマイカがまたも怪訝そうに顔を見合わせた。
人々が集まっているのは、南街道の中ほどにあるコアンという関所だった。やはり避難民や嘆願民だ。
「さ、じゃ、いくわよ!」
云うが、天限儀である黄金の細竹杖を振りかざし、足元から関所の広場へ下りてゆく。あわててレラとマイカも続いた。
バイーーーン! ビィヨオーーーン!
次元を振動させて世にも不思議な音を発し、
「おおーーーーーーーーお」
ショウ=マイラが不思議な音調で調子を取りながら天から降りてきたのでホレイサン人の役人も村人も腰をぬかさんばかりに驚き、続いて降りてきたレラとマイカと合わせた三人を見据えた。すかさずショウ=マイラ、ホレイサンの言葉で、口上を述べる。
「古悪しき竜神をーーーーー 懲らしめたもうあたらしきーーーー 神の御名を聴きたもうーーーーー その名は神鳴神威大神とーーーー 拝みなされきーーーーーーい!」
「!?」
人々が固まりつく。歌うようなその美声にくわえ、黄金杖を振って地面を打つとまた次元がふるえ、鈴の音のような音と、またあのビャオーーーーーンという震える音がする。
これにはホレイサン人はおろかレラとマイカも仰天して、ただショウ=マイラの後ろ姿を凝視した。
歌は続く。
「おーーーーおおおーーーーーおおーーーーーお」
再び音程と調子をとる音取の後、
「観よや天地の大揺らぎーーーーーーー ピ=パの御町も砕け散りーーーーーーー カツコの宿も波飲まれーーーーーーーー 古悪しき竜神はーーーーーー かくも恐ろし荒御魂ーーーーーーー こは神鳴神威大神がーーーーーーー 鎮めたもうーーーーーー ありがたきーーーーーーーい!」
ビィャオォオーーーーーン シャン シャン シャン ………。
その妙音は、よほどにホレイサン人の心をつかんだものか、眼をひんむいて固まっていた農民から旅人から武士役人下男に到るまでいっせいにひれ伏してショウ=マイラを拝みだしたものだから、レラもマイカもただ立ち尽くすほかはない。
こうして、関所周辺は「大騒ぎ」となった。なにせこれまで聖地を中心として数千年続いてきた竜王朝文化と七竜神信仰を、根底の根本からひっくり返す話である。まさに宗教革命、宗教改革だった。反抗し精神的に抵抗するものも多かったが、事実、あの天変地異と神とカンナの戦いを目にした者も大勢いる。宗旨替えというほどでなくとも、竜神を鎮める「新しい神」が来たというだけでも一部の者には拝むに値した。
翌日の昼過ぎには、南街道の中ほどにあるコアンの関所は人でごった返した。若くして地方の関所奉行に抜擢された青年奉行が屋敷を明け渡し、三人は身を清めて衣服もこちらの神官が着るものへ改め、周囲の小さな神社の神主や巫女などを従えて、新神の遣いの天限儀士として一夜にして地位を築いてしまった。また、ショウ=マイラとマイカはダールとして名乗りも上げた。そのダールの見た目や、レラはその妹神として既に顕現してるという触れこみであるからよけいに効果が高い。
「いいのかよ……こんなんで」
巫女装束を着させられ、その短い黒髪にも金銀の髪飾りをじゃらじゃらとつけられたレラがその空色の眼を白黒させて戸惑う。ただ暴れるだけではなく、こんな「騒動」のおこしかたがあったとは……。しかも、刻一刻と人が増えている。増えているだけではなく、関所の外で何かしら「まやかしの神を信じるものは……!」などという叫び声とそれへ対抗する人々、仲裁する役人の怒号などがひっきりなしだ。
「いいのよ~。時間稼ぎなんだから。あ、それもちょうだい! 早く早く! あ、そっちも、こっちこっち!」
奉行屋敷の奥座へ陣取り、もう奉行や宮司級の人間以外目通りもゆるされなくなったショウ=マイラたちが、供物の食事を食べながら、女給へむけてどんどんお代わりをする。ダールなので、食べるときは食べないといけない。それは、ホレイサン人も分かっていた。つまり、
「長年お隠れだった黄竜様と碧竜様が、新しい神をお連れになってお戻りになられた」
というのは、意外にストンとホレイサン人たちの心に納まってしまったのだった。




