第3章 5-4 竜神側のダール3人
「荒御霊を御鎮めになり、和御霊として御神力を蓄えるため、一時的に神代へ御戻りに」
「また、直に来られるのですか」
「来られます」
「お姿を拝めますか」
「拝めます」
もう、デリナとガラネルへ皆でいっせいに手を合わせる。元よりアトギリス=ハーンウルムの最高司祭でもあるガラネル、これがたまらぬ。
「これから、わしらはどうすれば」
「ホレイサンの帝へ、紫竜神様の守護者になってもらわなくてはなりません。落ち着いたら、都へ参ります。そのさい、お供を願いたい」
「都へ!?」
少し、動揺が走る。彼ら聖地周辺住民にとって都とは人がたくさん「来る」ところであり、自分らが「行く」という発想があまりない。また、行く必要もない。
「どうしても行かなくてはなりませんか」
「無理には行く必要はありません。何人か……なにせ我らは、この国は不案内ゆえに」
「それなら……」
数人が手を上げた。近いうちに、準備をしなくては。
そして、翌日の午後であった。
三人は村人に適当な衣服を仕立ててもらい、神社の神官・巫女の着る薄い青や赤の行燈袴に麻地の下着で紺や茶色の木綿の縞小袖へ身を通していた。三人だけで仮神殿の奥の小屋で漬物と玄米飯、味噌仕立ての竜肉汁で遅い昼食とりながら、今後のことを話しあう。
「紫竜神様でホレイサンを治めて、それからどうするの?」
汁をすすり、デリナが云った。ホレイサンの山猪竜はグルジュワンの猪突竜と近縁で、懐かしい味がする。
「ディスケル四十四諸藩聯合をまずアトギリス=ハーンウルムで仕切り直すでしょう? それからガラン=クなんてどうでもいいけど、いちおう従ってもらう。そうしたら、グルジュワンからサラティスへ勢力を伸ばして、そこを中心にラズィンバーグ、ストゥーリアと進んで、サティラウトゥ勢力圏を紫竜神様の信仰で統一して……最終目標はウガマールと南部王国でしょうね。そうなればこの世界はほとんど超古代と同じく真に竜の治める世界となる!」
壮大な話に、自分で話したガラネルも興奮した。しかしデリナ、嘆息まじりに、
「ウガマールね……奥院宮が素直に従うかしら」
「従うも何も、同じ竜神信仰の国じゃない。こっちは、本物の神様がいらっしゃるのよ!?」
「そうはいっても、宗派が違うというか……」
デリナが心配そうな目でガラネルを見つめた。
「分かってる。だから、竜神様に直接行ってもらう必要があるのよ。信仰の伝播は神が直接訪れないと……私たちだけで回ったって、あなたの云う通り同じ神を信仰しているはずなのにあっちこっちで違う宗派が乱立して、後でぜったい争いの元になるんだから」
「海のむこうに、さらに未知の世界があるというが?」
黙々とリネットの姿で食事をしていたヒチリ=キリアがボソリとつぶやいた。
「……それこそ神話の話だから、竜神様に聴いてみるわ」
「話だけ聴くと、我らダールには夢のような世界が訪れるが……なにゆえ当代の黄竜や他の連中はそれへ頑なに逆らうのだ?」
「こっちが聴きたいわよ!」
思わずガラネルが卓を叩いたので、デリナの汁椀が揺れて汁がこぼれた。
「ちょっと、ガラネル……」
布巾でそれを拭き、デリナが眉をひそめる。
「悪かったわね。でも、あんただってそう思うでしょ。アーリーとはつきあいが長いみたいだけど、それでアーリーはあんたを裏切ったんでしょ!?」
デリナが、さらに眉間へ皺をよせ、長い溜息を吐く。
「……もう、人は竜から独り立ちしないと、退化して遠からず滅ぶんだって。そうしたら竜も滅ぶそうよ。……わたしが云ってるんじゃないわよ!」
ガラネルが目をむいたので、何かわめかれる前にそう云う。
「だからって、竜神様を永遠に封印するなんて……そのために人工のバスクスとして、カンナや、あのもう一人を造るなんて……おかしいでしょ……やり方が……」
ガラネルは、どうしてもそこが納得ゆかない。
「そりゃ私もカンナを利用してやろうと思ったこともあったけど、アレはヤバイわよ。伝承にあるバスクスとは違う、まったく異質な存在よ。竜神様を封印して、残ったカンナをどうするつもりなのかしら? 同じ生き神として、紫竜神様がカンナに置き換わるだけじゃない」
「それは……」
デリナは口をつぐみ、答えなかった。ヒチリ=キリアも、ガラネルを見もせずに無言で漬物をかむ。




