第3章 5-3 新しい村
「そんな顔をするな。組織の運営は、連中のほうが得意だろう」
「まあ、ねえ」
「ま、生きていたら……な」
見やると、岬の先端にあった神小島は、地下空間がつぶれたように沈下して先端だけかろうじて湖面からのぞいていた。デリナですら、どうやって脱出したものか、想像もつかなかい。
ガラネルは肩をすくめ、デリナを立たせると岸へ寄せていた小舟へ移った。
「これ、漕いでちょうだい」
いま死にかけていた者に躊躇なく云う。が、デリナもまるで平気な顔で、むしろ重い衣装がさらにずぶ濡れで重くなっていることのほうが気にかかるような感じで舟へ移ると、ヒチリ=キリアが乗るのへ手を貸してやり、舟の中に転がっていた竹竿で岸を押して一気に湖面へ出た。そのまま、器用にキイキイと音を立てて艪を漕いだ。
「たいしたものねえ」
漂流物や死体が次々に舳先へぶつかる。それらをかき分け、舟はゆっくりと対岸まで進む。やがて対岸の目ぼしい場所へ到着すると三人は岸へ上がった。そのまま歩いてかつて宿場町のあった場所まで行くも、地震と湖水津波で完全に街は崩壊していた。人っ子一人いない。
「どうするんだ?」
「人なんか、勝手に集まってくるわ。まして、ここは元より竜神信仰の総本山……神が真に降誕したとなれば否応なく、ね。建物はバグルスにやらせましょ」
「バグルスだと?」
ヒチリ=キリアとデリナが振り返ると、生き残ったバグルス達が湖から音たてて上がってくる。その数は大小、二十ほどだった。
「千体もいたのに、生き残りはこれだけか……」
「あのカンナの攻撃に曝されて、マシなほうよ」
「そうかもな……」
ヒチリ=キリアはその戦いを見ていないので、ピンと来ないようだった。ただ、
「寒くなってきた」
くしゃみを連発する。日が暮れてきて、初夏ではあるが気温が下がる。デリナも震え上がった。しかし、着替えなどない。急激に暗くなってきて、火を起こすのも苦労したがバグルス達を使い、瓦礫をくみ上げ火を点け、他に掘っ建て小屋も造ってなんとか野営っぽい陣を作ることができた。デリナがかまわず服を脱いで絞り、火で乾かした。
星空の元、漆黒の闇に火があるだけで人が寄ってくる。いつの間にか、周囲には生き延びた人々が何十人……いや、何百人も集まっていた。
それへ気づいたガラネル、
「どうしよ……ちょっと、あなたホレイサン語がわかる?」
「え?」
ヒチリ=キリアには端から期待せず、審神者として少しでも仕事をしていたデリナへ話しかけた。
「少しは……」
「早く服を着てちょうだい、ほら、信者が集まってきてるわよ」
「ええ?」
デリナが周囲を見渡した。確かに、薪の明かりに照らされて、亡霊のように人々が立ちすくんでいた。
「まだ乾いてない」
「ちょっと、早く! 素っ裸でカッコがつかないでしょう!?」
裸を見られるのは別に気にも留めないが、あわてて生乾きの装束を最初から着直し、グダグダに着崩れているにも構わずに焦燥や不安、恐怖に顔を染めている人々の前に立つ。アーリーほどではないが、デリナもホレイサン人にしてみれば異様なほど大柄な体格で、かつダールの偉容もある。バグルスを従え、審神者の装束を着ていることもあり、素朴な村人たちは自然と膝をつき、デリナを拝み始めた。
後ろでガラネルがにんまりと笑った。
翌日には廃材などを使って仮神殿が建てられ、デリナを教祖兼通訳にして、ガラネルが集まった人々へ紫竜神信仰を熱心に説いた。バグルスが狩りへ出かけて竜を捕ってきて捌き、ふるまう。食糧があるのでさらに人が集まり、持ちこまれた米や味噌も再分配して、
「あっ……」
という間に新しい村ができた。
「竜神様は既にご顕現なされ、それを邪魔する悪神と戦いました。その余波が先日の地震です。神罰ではありません。悪神はいったん退きましたが、また襲ってくるでしょう」
元より竜神の国である。デリナを通じて発せられるガラネルの言葉に、素朴な村人が一喜一憂する。じっさいにその戦いを目撃した者もいるので、効果は高い。
「紫竜神様は、いま、どちらに」




