第3章 4-2 酷薄
やおら振られ、バスクス計画の一翼を担ってきたショウ=マイラも動揺しつつ、
「え? ええ、まあ、そうね。あ、でも、でもほら、ほら、その、何が起こるかわからないし。ほら、なにせ私たちはダールでしょう? ダールが、そんなことできるのかどうか。それこそ、確証なかったし。大昔にウガマールでじっさいにやったのは、バスクスだし」
「それはそうですけど、だからといってバスクスを人工的に作り上げるなどと……それも、人間を改造して」
狂気の沙汰だと云わんばかりに、マイカが脚を組んで座ったままアーリーを睨みつける。
「何をどうしたら、そういう神をも畏れぬ発想になるのか。私はあきれ果てていますよ、アリナ=ヴィエル=チィ」
一瞬、ムッと目元へ皺をよせ、アーリーが一歩前に出た。
「その神を封じようというのだ。畏れなどあるはずもない。正直、事態を先送りして寝ていた身分に云われたくはないぞ、マイクァランクルッペ」
目を吊り上げて息をのみ、マイカが立った。
「ま、まあ~まあまあまあ、ま、ま、まあ! どうしちゃったの? 二人とも。ほら、ここでね? ほら、ダール同士でいがみ合っても、ほらあ~、どうしようもないでしょ? いくら、ダールはもともと仲が悪いからって……ね? ね? ね?」
「ダール統括権限を有する貴女が、しっかりしないからですよ、ショウ=マイラ! 私がダールとして発現したときは、もう姿を隠していたでしょう!」
マイカの矛先が自分へ向き、ショウ=マイラもたじろいだ。
「と、統括権限は、ほら、あの、その、あの、あ、あ、あくまで緊急事態のときだし……」
「いまは緊急事態ではないのですか!?」
ショウ=マイラが困ってアーリーを見やった。
「いまは緊急事態を遥かに超えた事態だ! 当然知っていると思うが、そもそも黄竜の統括権限は調停の役割に近い。いま、調停などできる状態か?」
「詭弁ですね、赤竜。しかし……」
マイカが大きく息をついた。
「分かってます。話を聞く限り、当代の紫竜は異常なほどの実行力と決断力、そして計り知れぬ野望を持っています。何が、彼女をそこまで動かすものか……先代の紫竜は黒竜も顔負けの研究者でしたが、いまの紫竜は黄竜も顔負けの統率者になろうとしています」
「いや、まあ、その……悪かったわねえ」
ショウ=マイラが眉をひそめる。
「マイマイは、聖地とこの竜世界そのものへ反乱を起こしているのです。その決意と想いに、私も、アーリーも……二人もダールが集っているのですよ。立派な統率者です」
「そお?」
今度はショウ=マイラが嘆息した。
「私こそ、その、誰かなんとかしてくれるまで、隠れ続けていただけだし……」
「一人ではなにもできない。カンナとレラも、そのために生まれたのだ。我々は、我々の未来のために、何としてでも、神が直に世界を支配するなどという時空の大逆行を認めるわけにはゆかない」
その想いは時間を超え、本来であれば数代にわたるダールをこうして同じ大地に立たせ、話をさせている。
「それは分かりました、アーリー。私とマイラは補佐に徹し、バスクスの力を信じましょう。しかし、それでも、ダールの数が足りない……」
「白竜はどうなったの?」
アーリーが目をつむり、腕を組む。
「……文は出したが……死にに来るようなものだ。強要するのは酷だろう」
「そうは云っても、ダールですよ。ダールとなった以上、歳は関係ありません。それこそ、黄竜の召喚をかければよいことです」
アーリーがまたもマイカを睨みつけた。基本的に酷薄な性格なのか。さしものアーリーも、辟易してくる。
「ま、ま、まあ~、来たら儲けということで……青竜は?」
「おそらく、ガラネルへ捕らわれている。青竜として、かどうかは疑問だが」
「竜神の降誕に成功しているのだから、何かしらの紫竜の秘儀を使い、おそらくマイラの前の黄竜でもよみがえらせたのでしょう。そのための憑代にでもなっていると推察します」
「なるほどな……」
アーリーがうなずく。あとは黒竜だ。
「そうそう、黒竜といえば、マイカの正式な代理よ。きっと、神鍵に使われたんだわ。もしかしたら、もう……」
アーリーがまた瞑目する。しかしマイカ、
「一人減ったのなら幸いです。向こうは他の竜神を二度と降誕できないでしょう。敵が一柱とダール二人……いえ、一人と半死のダールなら、勝ち目はあるやもしれません」




