エピローグ-2 裏切り
すると、つながれた女性がのけ反って呻きだした。その肋の浮きでた胸骨の真ん中がぐうっと盛り上がり、裂けて、ぬるりとした生き物の首が現れた。それは目のない、ウナギめいた姿の竜だった。一種の寄生竜で、この女性へ寄生させて生かしてある。寄生竜は麻薬物質や抗生物質を出して宿主の神経を麻痺させ、肉体を腐敗から護り、生かさず殺さず、云うがままにするのである。
「ほれほれえ~」
楽しげにマレッティが竜へ人間の腕をやる。竜はかじりつき、鋭い歯で肉を削いだ。そのたびに、女性の身体が揺れ、
「げうっ……げっ……ぐぇえ……げへっ……」
と、肺から空気が漏れた。
マレッティがまた小柄な腕を出して食わせ、次いで半分に割った胴体の一部を出した。まるで肉屋だ。竜がたっぷりとそれらを食い終わり、残った人骨をもしゃぶりつくすと、満足げに女性の肉体の中へ戻った。鱈腹となった寄生竜がその体内にひっこみ、女性の胴は異様に膨らんでいた。マレッティは残った骨を後ろにぶん投げ、そのまま待った。が、女性は再びうなだれたまま、死んだように動かない。
「……さっさとだしなさいよ!!」
そのやせ細った足を、ブーツで蹴りつけた。
とたん、女性からガリアが出る。この女性はバスク……もしくはセチュだ!
マレッティが捕え、ここに括りつけて竜を寄生させ、生かしてある!
ガリアは、鏡のような大きな楕円形の盤だった。かなり外縁がゆがみ、その鏡の部分もかすれていた。マレッティは鏡へ映る自分の顔を覗いていたが、やがて、そこには違う人物が映りだした。
それはなんとデリナであった!
「うわあ……色がついてない……そろそろこいつもダメかしらあ……」
鏡の中のデリナは、白黒だった。もともと白黒みたいなものだから、あまり違和感は無いが。椅子に座って、やけに暗い部屋にいる。
「もしもしい? デリナ様あ? 見えますう?」
「……ああ、見える」
デリナは、前よりか、いくぶんか雰囲気が変わったようにマレッティには思えた。口調がやや穏やかだ。
「良かった。おっつかれさまあ、デリナ様あ。今回はちょっと……惜しかったですわねえ」
「惜しい……な」
デリナは自嘲を通り越して、高らかに笑ってしまった。そんなデリナを初めて見たマレッテが戸惑う。
「なに……今回は小手調べよ。北では、冬にもストゥーリア侵攻が始まる。大侵攻は、始まったばかりだ。同時かつ多発的に」
「やっぱりぃ!?」
マレッティの顔が狂気めいた笑顔に包まれた。
「モールニヤの報告は、本当だったんですねえ。じゃあァ、ホルポス様があ、とうとう竜側として参戦なさるのねえ」
「そういうことだ。あの白竜の孫娘が……重い腰をようやく上げおった」
「たのしみですう。ストゥーリアの連中がたくさん死ぬのを想像すると」
マレッティが含み笑いに耐えきれず、腹を抱えて笑いだした。
「そんなに楽しいか。自分の生まれ故郷が竜に侵攻されるのが」
「生まれ故郷なんて、とっとと滅びればいいんだわ」
デリナが満足そうにうなずく。
「また一人、どさくさにまぎれ、うまく始末したな」
マレッティがにんまりと眼を細めて口を歪め、腕を組んで斜に構えた。
「ええ。ずっと同期でカルマにいたけど……いささかあのバカさ加減に付き合いきれなくなりましてえ」
「以前に始末した……オーレアとかいう奴原がごとく、我との関係を悟られていたのではあるまいな?」
「それはだいじょおぶですう。あいつは、そんなことまったく気にしない心底のバカでしたしい」
「ならばよい」
デリナがまた静かにうなずく。マレッティがそのデリナへ向かい、腰に左手を当て、右の人指し指をつきだして、
「勘づいてるといえばあ、先代の跡を継いだ事務長が……ここを知っているかどうかが重要ですう。……そのうち、消しておきますけどお」
「すみやかにやっておけ。しかし、それにしても……問題はカンナだ……」
「カンナちゃんこそお、意外と手強かったですわねえ。……だから、最初の内にとっとと殺っちゃえばよかったのに」
「浅はかなことを云うな。オーレアとやらを消してより一月ほど……しかもカンナはカルマへ来たばかり。続けて二人は、あやつめに……アーリーに勘づかれたやもしれん。あやつは底無しの大バカだが、その眼は節穴ではない。あやつの紅い眼は、な……」
デリナがアーリーの話をするとき、必ず憎しみの中に否定し得ない郷愁が入り交じる。それは幼なじみの郷愁であり、切っても切れない想いのためだ。マレッティは、嫉妬を隠さない。
「いずれ、アーリーもカンナもあたしが消してみせますわあ、デリナ様」
「アーリーは我が消す」
「あっ、はい」
「己に、カンナが消せるかえ?」
「消せますともお! あんな、あんなやつ……」
「期待しておる。しかし、カンナめ、もはや恐るべき驚異」
「考えすぎですう。大ハズレよお」
「カンナを侮るな。カンナカームィを」
完全にマレッティはおもしろくない。




