第3章 7-5 雷と炎の奔流
「う……おお……おの……れ……!」
デリナがついに、カンナの肩へ手をかける。その光と熱の激甚奔流の中で、逆に毒炎を吹き上げ、顔をカンナへ近づけた。
「……おのれはあ、いったいい、何者だああア!!」
カンナも稲妻の最中で叫び返す。
「わたしは……わ、た、し、だあああああーッ!!」
ガガラアァッ……! 二人は雷と炎をぶつけあい、つかみ合って、おそるべき雷炎繽紛たる空間で限界まで押し合った。さらに頭突きとなり、その額と額を押しつけあった。
「ぬうううう!!」
「ふん……ぎいいいい!」
「……うううおわああああ!!」
「ま……けないいいいい!!」
二人は額をつけてにらみ合い、やおら互いに拳を振り上げると、剣も槍も無く、同時に殴りあった!
そのまま、子供じみて殴りあい続ける!
「おのれ……こやつ……おのれ……!!」
「このっ、このっ、こおおのおおお!!」
二人は炎と雷とを拳にまとわせ、幾度となくぶつけあった。その都度、雲の中で爆音と閃光と爆光が轟いた。遠い上空の雲の中で、それは、いつ果てるともなく続くかにみえた。ひたすら降り注ぐ雷鳴と波動が、神々の世界よりの啓示にすら思えた。
だが、二人とも神ではない。
人離れしているが、あくまで人の域にいる。
二人の殴り合いは次第に威力が弱くなり、間隔も空く。周囲の炎と稲妻が晴れ、雲間に地上が見えた。
カンナもデリナも荒々しく肩で呼吸をし、体力の限界までその力を振り絞っていた。
「……ええいッ!」
デリナがカンナを突き放した。
「ハアーッ、フウーッ……!」
デリナは毒の息をついて吐息を鳴らし、カンナをにらみつけた。つきとばされたカンナは風と雲の中で黒剣をだらりと下段に構えたまま、うつむき加減に顔を臥せ、黒鉄色の長い髪を吹きさらしにしていた。果たして、カンナの力はついに限界を迎えたかに見えた。
(……やれるか……!?)
デリナはまだかろうじて余力があった。いまなら、カンナの土手っ腹をこのガリア「骸煙波毒黒檀槍」で貫けるやもしれない。
いや……だめだ!
流れてきた雲に隠れたカンナが、光っている。細かな水の粒子がぶつかりあう振動と微弱な静電気を、カンナのガリア「雷紋黒曜共鳴剣」が吸い取っている。カンナの力が見る間に回復してゆく。雲の中で無尽の稲光がし、瞬時に空気を引き裂いて雷鳴がとどろく。その音をガリアが吸い取っている。ゴゴゴゴゴ……!! ガリアの音がデリナのところまで聴こえてくる。この雲の中のこの状況では、カンナは自然の力を無限に吸収し、無敵だ!
「来る!!」
デリナは身構えた。
「……ふぅぃゃあああぁああ!!」
カンナの眼が光っていた。口からも光を吐き出している。後光めいて稲妻が竜のようにカンナの背中から翼となって伸びた。轟鳴が凄まじすぎて、逆に何も聴こえない。
カンナの雄叫びは雷音となって竜の咆哮と化した。
「この、馬の骨めが!! 負ァけえぬわあああ!!」
デリナが最後の力をふりしぼった。全身から漆黒の炎と毒煙が吹き上がった。
互いに雄叫びともとれない叫びをあげ、黒剣と黒槍、雷鳴と毒炎が打ち合わされる。最終的な炸裂の光と爆音がほとばしり、ガリアが互いに共鳴し合って広がり、その共鳴音が一瞬で消え、瞬間の静寂の後、再び膨れ上がった。
雲が爆発した。
二人はこれまでで最大の爆風と衝撃に跳ね飛ばされた。そのまま光の粒と炎の破片にまみれ、煙をふきながら、雲を突き抜けて落ちた。それから互いのガリアが光を放ち、落下速度をゆるめた。二人はゆっくりと、宙を沈殿した。
カンナはゆらゆらと落ちてきて、背の低い草むらにふわりと横たわった。地味な麻の服は戦いでズタズタだったが、髪や身体はほぼ無傷だった。黒剣が、その右手に握られたままであった。完全に気を失っている。水晶の眼鏡はひしゃげ、ぶっとんで既に無い。
デリナは、離れた場所の、背の高い草の密集している藪に膝をついてうずくまった。デリナの意識はあった。腹が苦しげに呼吸で波うっている。しばしそのままだったが、やがて髪を振り乱し、槍を杖として寄り掛かりながら、なんとか立ち上がった。身体は元の大きさへ戻り、右足を引きずって歩くたびに、バラバラとその黒い鱗が剥がれ落ちて、元の、漆喰じみた乳白色の肌が現れる。全ての鱗が落ち、全裸のまま、槍へ両手でもたれかかり、カンナをめざして進んだ。
「う、ぐっ……」
全身を襲う激痛に耐えて歩き、カンナを見いだすや、歯を食いしばり、ダールの誇りも何もかもかなぐり捨て、のたうつようにして近づいた。
そしてついに、デリナはカンナのかたわらへ立った。カンナの意識はまだ無い。
デリナは逆手で槍を大仰にふりかぶり、ぶるぶると震える穂先をカンナの胸めがけて突きたてた。




