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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第8部「神鳴の封神者」
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第2章 4-2 デリナの毒

 「カンナと一緒にこっちへ来る手はずだったようだけど、幸いなことにいまウガマールよ」


 「ならば心配ないな」


 「油断しちゃだめよ。ウガマール奥院宮(おくいんのみや)を半分騙して、何十年もかけてカンナを造り上げるような玉よ。どんな手を使ってくるか……」


 ガラネルの顔が、愉悦と憎悪と心配、それに嫉妬の混じった複雑な表情に歪んだ。ヒチリ=キリアはそれを純粋に面白いという顔で見つめていた。


 「さて、我が束の間の現世を楽しむのも今日と明日で終いか。どれ、デリナを呼んでくるよ」


 ヒチリ=キリアが行ってしまい、ガラネルは囲炉裏端でバグルスの雑司(ぞうし)の入れたうまい玉露を飲んでいたが、すぐに戻ってきたので不思議がった。


 「早かったわね。デリナはこっちに向かってたの?」

 「それが、デリナがいなくなったようだぞ」

 「はあ?」


 「分かりやすいやつだな。黒竜にしては、単純すぎないか」

 リネットの顔がニヤリと口元を曲げる。


 「だから、あの子はこういうの向いてないって云ったでしょ」

 やれやれというふうにガラネルが立った。


 「連れ戻すのか?」

 「それも、審神者(さにわ)の連中が確保する前にね」


 「それは、心配はいらなさそうだな」

 「いちおうね」

 二人とも、表へ出ると竜が駆けるがごとく山中へ消えた。



 デリナはもう昼間には目立ち、動きづらい審神者の姿ではなく、メガネもとり、ピ=パの職人が着るような作務衣にも似た藍染の小袖と軽衫袴(かるさんばかま)へ頑丈に竜革で裏打ちされた足袋を履き、忍びもかくやという速度で山中を進んでいた。ダールであるためバグルスの雑司はあてにならず、天御中(あめのみなか)直属の忍部隊が動いていた。忍を直轄する審神者(三人組の側のぎょろ眼の配下)は単にデリナの調整が不完全で、生贄にも等しい役のため逃げ出したと思ったようだが、ぎょろ目と長老はホレイサンやディスケルへ二十九日のことを密告しに向かったと分かっていた。


 「なんとしてでも捕らえろ!! 天限儀は封じられている! いかにダールとて、捕らえられぬはずがない!」


 そう厳命され、二十人もの忍者がデリナの後を追う。


 デリナがいかにダールの身体能力を持って山を進んでも、忍者たちも鍛えられている。また、山道を縦横無尽に行く訓練も積んでおり、天御中……いや、この聖地のピ=パ島全体が庭のようなものだった。忍び竜を放ち、たちまち追い詰めた。真夜中に人知れずデリナが行くのとは事情が異なる。


 「……!」


 かつての黒い絹のドレスやグルジュワンの朝服、さらには審神者の装束といつもゆったりとした黒い服へ身を包んでいたデリナだが、このように身体の線が出る服を着ると意外に引き締まって手足も長く、アーリーをやや細くしたような印象を受ける。なにより体格が段違いだ。忍者たちも鍛えて当然一般のホレイサン人やピ=パ人より大柄だが、ダールのデリナは特別に大きい。ダールであればみなこうかというとガラネルの例もあるのでそうとも限らないが、ダールはたいてい発現したその竜の血肉により二回りほど人間より大きくなる。森の巨人めいて、忍者たちに囲まれるデリナは斜面に長い脚をつけ、細い木を掴んで身体を支えていた。


 「何を考えている。天御中へ戻られよ」


 隊の首領が一歩前に出て、面頬の下から声を出した。デリナは息をつき、鋭い眼光を発する。


 百戦錬磨の忍者軍団と云えども相手はダール、手裏剣等の隠し武器や捕縛のための縄、網、鎖をもって取り囲みつつ様子を伺う。


 ただ、デリナは武術を身に着けておらず、天限儀の槍を使うにしても我流で、しかもこの島ではダールといえど強力な対天限儀器群の力で封じられている。とてもではないが、まともにやりあってこの数の忍者に勝てるとは思えなかった。


 じりじりと忍者たちが斜面に四方から距離を詰め、まず忍竜をけしかける。熊ほどもある、地を駆ける四つ足の竜だ。


 同時にデリナも身構えた。

 とびかかる数頭の竜がそのまま硬直し、バタバタと転がって倒れた。

 「!?」


 さらに何人かの忍者が苦悶し、血走った眼をむいて喉の辺りをかきむしってがっくりと地面へ伏せ、肺から大量の血液を噴き出して斜面を転がってゆく。


 「かっ……風上へ迎え!!」


 デリナの眼が暗黒に落ちこんだ。その口元が耳まで避けたような錯覚におちいる。掴んでいる木が見る間に立ち枯れ、倒れた忍者たちのいた方向の木々の葉がごっそりと枯れ落ちて風へ舞った。毒だ。致死性の猛毒だ。


 「て、天限儀は封じられているはずでは……!?」

 「ダールを少し舐めていたようね」

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