第2章 4-1 29日
「しょせんはバグルスを調整する手法で、ダールを完全に支配化には置けなかったというところだろう。だが、記憶と思考の混乱は、デリナへ悪影響を与えておる。なんにせよデリナを救うには、バスクスに完全に天御中を破壊し、神代の蓋を永遠に閉じてもらうしかない。そのために、其方らにも重要な任がある」
「なんでもします。なんでも」
マレッティが決意に満ちた目で狂皇子を見つめた。
「全ては、今月の晦日ぞ」
そのまま、気絶したデリナをそこへ横たえたまま、三人はしばし談合した。
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「なんですって!?」
長命月二十八日、最後の密儀が行われ、そこで初めてガラネルは九百九十九年に一度の竜神降誕儀が三十一日ではなく二十九日だと聴かされた。
「我らも初めてのことゆえ、再計算を重ね、何度も確かめて誤りに気づいた。ぎりぎりだが、気づけて良かった。これは不幸中の幸いであった。これが計算書だ。確かめられよ」
いけしゃあしゃあとぎょろ眼が長老と打ち合わせ通りの言葉を発し、ガラネルには読めもしない古代ピ=パ文字で埋め尽くされた文書の束を差し出した。長老とぎょろ眼、長老の補佐以外の審神者たちも初めて聞かされたので、息を飲んで固まりついた。デリナですら驚いて思わずガラネルを凝視する。
ガラネルはしかし、怒りも驚きもせず、
「危ないわねえ。でも安心して。バグルスの配置は終わってるから。明日でも……別に今日の午後でも対応は可能よ」
などとむしろ誇らしげに云うものだから、ぎょろ眼と長老が思わず覆面顔を見合わせる。
「さ、左様ですか。さすが、ガラネル殿。では、三十一日の予定は全て明日へ繰り上げますので、その準備をよろしく」
「確かに勿怪の幸い、カンナたちは儀式が終わって二日もたってからのこのことを知ってどうするかしらね。……いえ、その前に竜神が聖地の空へ出現するのだから、魂消てひっくり返るんじゃないかしら?」
高らかに笑って、ガラネルは問答無用で席を立った。ヒチリ=キリアが無言で付き従う。
残された審神者たちがざわめいたが、ガラネルは戻ってこなかった。
デリナ、覆面の下で細かく震えだす。
「謀られたのに、意外に落ち着いているな」
宿舎へ戻り、ヒチリ=キリアが不思議そうに尋ねる。
ガラネルはすまし顔で、むしろ楽し気に、
「だって知ってたもの~」
「なんだと!?」
さすがのヒチリ=キリアも驚愕した。
「計算式を提供したのはハーンウルムだと云ったでしょ。とっくにこっちでも計算と検証はすんでて、はなっから二十九日で動いてたのよ。向こうが本当に間違ってたら先んじてやってしまおうと思ってたけど、ま、こんな程度の子供だまししかできない連中よ」
ヒチリ=キリアがリネットの顔で苦笑し、腰に手を当てて首を振った。
「……おまえというやつは……」
「それより、デリナを呼んでちょうだい」
「黒竜を?」
「あいつ、記憶と感情が完全に調整されてるわけじゃないわ。どこまでかは分からないけど、カンナたちとつるんでなにか仕込んでるわよ」
「そうなのか?」
ヒチリ=キリアがさらに驚く。
「どうして泳がせておいた?」
「二十九日のことまではさすがに知らないでしょうし、逆に三十一日で向こうに動いてもらおうかなあって」
「二十九日のことは、向こうもデリナには隠していたと?」
「云うわけないでしょう。さすがに、連中だってデリナがちょろちょろとホレイサンの皇子のところに出入りしてコソコソやってるのは気づいてたでしょうし」
「当代の紫竜は策士よのう」
ほとほと感心して、ヒチリ=キリアは何度もうなずいた。
「そんなものは、ふつう、黒竜のすることだぞ」
「関係ないわよ。それに、デリーはもともと医生だし、こういうの、あんまり向いてないのよ。あの子は、毒気はあるけど裏の仕事をするような子じゃない。アーリーのほうがずっと手ごわいわ」
「アーリー……」
ヒチリ=キリアが目を細めた。
「噂の赤竜か」




