第2章 3-4 対面
デリナは審神者としてこの公使館や迎賓殿を訪れる任もあったので、これまで白昼に堂々と来ていたが、深夜に忍んで来ることも想定し、どこから屋敷の中へ入るなどのことも既に打ち合わせ済みであった。勝手知ったる公使館の唐屋根付の高塀をひと跳びで越え、闇の芝生へ音も無く着地する。ここは警護の衛視が常時見回りをしているが、気づかれるものではない。
そのまま狂皇子アチメ=ナムヤことミナモより指示されていた裏手の茶室へ向かうと、躪口が開いている。ただ、躪口は文字とおり這いつくばって通るもので異様に狭い。ホレイサン人に比すると異様に大柄なデリナはまず広い肩がひっかかり、腰を引いたり身をよじったりしてなんとか通ると巨大な胸が押しつぶされ、痛みをこらえてそれを無理やり押さえつけて通ると最後に尻が完全にぶつかってしまった。
「やだ……なんなの、これ……殿下ったら、なんでこんな場所を……」
身長が六尺半……すなわちほぼ百九十七センチに近いデリナは、ただでさえ小柄なホレイサン人のさらに小さな女性などと並ぶと、体格が倍近くにもなるのだ。
そのデリナの大きな下半身が完全に躙口を塞いでしまい、出るにも引くにも動けなくなった。
「ちょっと……やだ、どうしよう……」
困ってしまい、なんとか脱出しようとふんばってもがいた。
「よいしょ……! ふん……! ふんぐ……!! よいッ……しょ……!! もう……いっ……かい……!」
茶室全体がギシギシと地震めいて揺れだす。ダールのパワーはそれほどだ。
茶室は母屋につながっていて、その振動がグラグラと瓦屋根へ伝わった。
「よッ……こい……しょッ……!!」
最後に満身の力をこめ、腰と尻をなんとか通そうとする。ついに、バシッ! と音がして、躙口のある素朴な土壁へ巨大なヒビが入った。デリナがかまわずさらに体をひねって揺らす。ビシビシとヒビが広がり、土壁が崩れだした。息が苦しいので覆面をとってしまう。
「もう……ちょッ……と……!」
四肢に力を入れ、骨盤で躙口を破壊するような体制となった。まるで罠を脱出する竜そのものだ。
「ふん……ッ!」
顔を真っ赤にして最後の踏ん張りで力を出す。バリバリと壁が裂けて土が崩れ、基礎から茶室が持ち上がって茅葺屋根が揺らいだ。
「そこまでよ! このマヌケ!」
突如として閃光がデリナを照りつけ、覆面のとれたデリナが眼鏡越しにまぶしげに顔を歪めた。ここは聖地にあってガリア封じが例外的に除外されており、自衛のためのガリア使用が認められている。マレッティが異変に気づき、そのガリア「円舞光輪剣」による光輪を出してまずは侵入者を威嚇する!
だが、マレッティはその顔をみて固まりついた。
「デリナ……様……!?」
「え?」
マレッティとパオン=ミに救出されたデリナは、恥ずかしそうに公使館の畳の一間で正座をしていた。まさか尻がひっかかって茶室を倒壊させる寸前までゆくとは。
デリナの前には、マレッティとパオン=ミが安座で座っている。行灯だけでは非常に暗いので、マレッティの光輪が煌々と室内を照らしていた。
パオン=ミは改めてデリナを見たが、アーリーより聴いていた容姿や雰囲気とまるで違う人物なので、やはり当惑した。しかし、もっとも当惑し、困惑し、混乱しているのはもちろんマレッティだ。
「あ、あの……!」
と、笑顔と泣き顔のないまぜとなった顔を上げ、何かを云いかけるのだが、
「はい?」
自分の知っているデリナとは全く異なる、全く知らない表情や話し方で対応され、そのまま黙ってうつむいてしまう。そしてややあってまた、
「あ、あの……!」
と声をかけ、また黙る。それをもう何度も繰り返している。
意を決し、パオン=ミが声をかけた。
「おぬしは、本当に黒竜のダール、デリナか?」
息をのんで卒倒しそうになったのはマレッティだ。心の準備ができていない。
「そうです……けど……」
「本当に? 双子の姉妹とかではなく?」
「双子のダールなんかいません」
「この者は、本当に知らぬのか?」
云いながら、涙目で固まりデリナを見つめているマレッティを手で指す。
「ごめんなさい……私はもう、グルジュワンとは関係なくなりましたし……まして、サティラウトウの国の方とは……」
「忘れたのか? それとも、知らぬと云うか?」
「ごめんなさい、存じあげません」




