第2章 2-1 バグルス製造施設
「なによ、知らなかったの!?」
山を登りながら、リネットの顔で楽しそうに深い原生林を見渡してヒキリ=キリアが云ったので、ガラネルが驚いた。
「私がいたころは、ただの島だったはずだが」
「ふうん……」
雑司が案内した施設は、空の上からも巧妙に隠されたもので、島の山間の中腹に入り口があった。地下施設だ。最初は頑丈な玄武岩による天然洞穴だったが、やがて石造りの地下施設となる。しばらく進むとさらに地下へ下りる階段が現れ、そのまま進む。しかし、地上へ通じる空気孔を兼ねた明かり取りがあり、意外と明るい。そしておそらく地下三階ほどの深さで通路が水平となり、まっすぐ伸びている。そこからは真っ暗で……いや、ぼんやりと薄明かりが漆黒の両側へ並んで光ってはいたが……雑司が龕灯を出して前を照らす。
その長さは三十間すなわち五五メートルほどもあるだろうか。かなり大規模だ。ひんやりとして、とても気温が低い。そして湿度が高い。既に湖底のさらに地下なのだろうか。
その通路の両側にずらりと入り口が並んでいて、中を覗くと全て部屋になっている。部屋はあまり大きなものではない。しかし、ウガマールの研究室にあったような石棺が二十ほど並んでいて、中に水があり、ぼんやりと光っている。
「こんなにバグルスを培養できるようになったのか!」
ヒチリ=キリアが楽しげに叫ぶ。石棺内のぼんやりと光る水には、培養途中のバグルスが静かにねむっていた。バグルスには全身へ管が刺さっており、その管は全ての石棺から出ていて複雑に床を這い、部屋の奥で束ねられて天井へ伸びている。ウガマールの研究室と同じくどこかに金属電池が整備され、そこから電力を供給しているのだ。
「この部屋だけで二十はいる。こんな部屋が、あの長通路ぞいにずっとあるというのか? いったい、どれだけのバグルスを準備している!?」
「最低でも千はいるって云っておいたのよ。ホントにそろえるとは思ってなかったけど」
ガラネルが薄い光の中で不気味で不敵な笑みを浮かべる。
「千か……」
ヒチリ=キリアが首を振った。バグルスは寿命が長いので、少しずつ造って行けばそのうち数は揃う。いちどに大量生産するのことを可能にしているとは。しかし、
「こいつらは完成寸前か? あまり質がよさそうには見えないが……」
ヒキリ=キリアは水をのぞきこみ、つぶさに観察してそう云った。
「粗製濫造だな」
「あんたの時代の高完成度バグルスは、このご時世はなかなか再現できないわ。それだけに、カンナがどれだけ凄いか」
「別格というわけか」
「別格以上よ。さ、もういいでしょ。こっちよ、行きましょ」
ガラネルが雑司へ何事か云い、藍色の覆面と小袖、軽衫袴の雑司がひょこひょこと歩いて先導する。通路の両側にはずらっとバグルスの製造部屋が並んでいて、その数は三十あった。中には使われていない部屋もあったが、数えただけで二百はバグルスを培養している。
「まだ何か特別な見せ物があるのか?」
「ええ。もうかなり完成したから、いま残ってるは本当に最後の培養組よ」
「ふうん……」
「さ、ここよ」
通路の行き着いた先に、また部屋があった。何やら入り口も大きく、いかにも特別な部屋だと見て取れる。
「……大層なものを造っていそうだな、ここは」
ヒチリ=キリアがニヤリと笑う。
「見せたいのはこれか」
「ま、どうぞ」
ガラネルがぽっかりと空いた暗闇への入り口へいざなう。ヒチリ=キリアが躊躇なく闇へ入った。
そこは、部屋全体がぼんやりと青く光っているようにも見えた。それだけ、水槽が大きい。石棺というより、プールだった。真四角に近く、三間、すなわち五メートル半四方の大きさで、高さもあるが掘り下げられており、覗きこむと水底が二間、すなわち三メートル半ほど下に見えた。びっしりと薄く蒼く光る水で満たされており、大きな物体が沈んでいる。
「なんだ、こいつは!?」
さしものヒチリ=キリアの顔も怪訝にゆがむ。人でもない竜でもない、ましてバグルスでも無い……肉の塊のようでもあり、丸まった竜のようでもあり、胎児のようでもあった。ウロコと皮膚がない交ぜになったような不気味な外観をもち、刺のようなものが生えている。その刺の隙間から管が伸びて、水を突き出て天井へ向かって伸びていた。
「生きてるのか!?」




