第3章 7-3 フレイラ
どうしてここにいるのか、アーリーの命令はどうなったのか、そんなことはどうでもいい。フレイラがいるだけで、カンナの心は果てし無く安心で満たされた。
「己は、いままでどこへ隠れていた! 己もちょろちょろと目障りに我が陣内をうろつきおって……!」
「ちょろちょろするのがオレの流儀なもんでね……」
不敵な物云いに、デリナの顔が怒りでひきつる。
「このネズミめが……!!」
フレイラは意にも介さぬ。
「オレはよ、本当はこんな前に出る戦いはしないんだが、そうも云ってられなくなったようだからよ。……カンナ、俺があいつの動きを止めてみせる。お前が、止めを刺せ!」
「はい!」
「オレの前に出るんじゃねえぞ。なにがあってもな!」
「……はい!」
いまならその意味が分かる。例えフレイラが倒されても、彼女なら相討ちでデリナへその針を打ち込むだろう。フレイラにかまわず、デリナを倒す!
「いくぜえ!」
フレイラが前に出て走った。速い。デリナが槍を振り回して、毒霧を誘導する。
もう、フレイラの針が数本、飛んでいた。毒すらも裂いて、針が的確にデリナを襲う!
「小癪なアア!!」
かなりの速度だったが、デリナは気合で針を避けつつ、槍で弾いた。フレイラが間髪いれずに針を打つ。
カンナは助太刀したい気持ちを押さえ、フレイラの邪魔をしないよう風上へ回り込みながら、デリナの隙を伺った。倒れ伏し、石みたいに動かないアートも気になるが、どうしようもできない。集中を再び高め、黒剣とデリナを共鳴させる。
ガ、ガ、ガ、と剣が鳴る。来た。今度は早い。地鳴りめいて低周波も地面に響く。デリナも気づいた。
(バスクスめが……! しかし……余計な……)
止めどなく飛んでくるフレイラの針を避け、弾きながら、デリナは慎重に間合いをとった。この針がただの針ではないのは、先ほどバグルスの動きが止められたことで察しがついた。おそらく、強力な麻痺か、硬直させる効果だろう。攻めに転じ、同時にカンナの相手をするにも、さすがに隙がない。いったん針の届かない間合いをとって、態勢を建て直さなくてはならない。が、フレイラは執拗にその間合いをデリナへとらせない。思わぬ伏兵に、完全に虚を衝かれた。
しかし、いつかはフレイラにも隙ができる。それを待つ。
そのときであった。
「ぐうっ!!」
なんたる油断! 激痛に身をすくめる。見ると、竜革のサンダルをも突き抜けて右足の甲を針が貫いていた。
フレイラが、あらかじめ地面へ突き立てていたのだ!
デリナはまんまとそこへ誘導された!
たちまち、足先から右腿、右尻、腰部にかけて、今まで感じたこともない激痛と痺れが襲った。カンナの雷撃ではないが、まさに神経を高圧電気が掻きむしっている。
「お……の……!!」
デリナが虚空めいた眼を血走らせる。
「カンナばかりに気ィとられやがって、ばかか。お前の相手はオレなのによ」
フレイラが距離をつめた。
「なめおって!!」
毒霧を吹きつけられる前に、フレイラは最終奥義を出した。空中に、何百という針が出現する。それが一斉に動けないデリナを襲う!
デリナが牙をむいた。その眼が、虚空の底から怒りに煮える。ざわり、と黒髪が膨れ上がる。
瞬間、フレイラは、視界の端に何かが光ったのを見た。
自分の針が陽光を反射したかと思った。
それは、限りなく細い光の一線となって、フレイラの胸を横から貫いた。
「……う……!!」
肺と心臓に一撃をくらい、フレイラがのけ反って硬直する。
その一瞬。
デリナの槍の穂先が飛んだ。それは正面からフレイラの鳩尾を突き抜けて、鎖が一気に戻って大穴をあけた。フレイラは、呆気なく地面へ転がった。
「フ、フ、フレッ、フレイラさん! フレイラ!!」
カンナが駆け寄る。
フレイラは手を振ってカンナを近づけまいとした。いや、カンナが倒れるフレイラを起こそうとしたとき、その胸元をがっしりと掴んだ。
「マ、マ、マレッ……テ……!!」
凄まじい形相で際限なく血を吹き出しながらそう云うや、フレイラは絶命した。




