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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第8部「神鳴の封神者」
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第1章 3-3 ミナモ

 パオン=ミがタカンとのやり取りを説明する。


 マレッティの顔が見る間に厳しくなった。思わず起き上がって全身や足の痛みに呻いて硬直する。パオン=ミが寝かせてやった。


 「あんたまさか、その話、飲んだんじゃないでしょうね」


 「飲まざるを得まい。のんだからここにおる。おまえたちの手当てもされている」


 「…………!」


 パオン=ミの心情を察し、マレッティは黙った。どうせ機を見てあの策士気取りを後ろから斬るのだろう。パオン=ミならばそう考えているにちがいなく、自分やマラカのために復讐心を押さえているのだ。マレッティは納得した。


 そうなれば早く傷を治してしまわなくては。幸い、死んでも構わない楽しみのための拷問や泥を吐かせるための肉体の破壊も厭わぬ凶悪的な拷問ではなかったため、骨や内臓まで傷が及んでいない。安静にしていれば、後遺症は残れどもいずれ治るだろう。


 問題は「いずれ」では、デリナの救出が間に合わなくなる可能性があることだ。


 (なんとか……なんとかしなくちゃ……)

 「焦っても仕方がない。いまは心を平穏にせよ。治るものも治らんぞ」


 パオン=ミがそう云い、マレッティも大きく息をついた。そして、どちらからともなくマラカを見やる。マラカはずっと虚ろな目で座敷牢の天井を見つめている。食事は摂るし、話しかけると生返事だが反応もするので大丈夫だとは思うのだが……。


 (ガリアはもうだめかもね……)


 ガリアは心であり、発現するのも突然だが、意外と簡単に消失もする。身体拷問も然る事ながら、並行して精神拷問をくらうと人間の心は容易に壊れる。七日も続いた激しい凌辱に娼館出のマレッティは耐えたが、マラカは耐えられなかった。


 (諜報を生業とするからには色も仕込むのは当然だが、こやつは竜の仕事専門……。あまりこのような経験はあるまい)


 それもこれも自分がタカンを簡単に信用した報いであることを考えると、パオン=ミは自分へ対する怒りでいてもたってもいられなくなった。


 薬を飲んで眠る二人を横にして、パオン=ミは二人を護るように安座のまま微動だにしない。

 


 その、夜である。

 その二人は、ひょっこり(・・・・・)と現れた。


 あまりにひょっこり(・・・・・)現れたため、パオン=ミは逆に違和感を感じなかった。それほど座敷牢へひょっこり現れた。


 「いたいた、ここぞ、はか……スミナムチ」

 「みこさ……ミナモ、待って下さい」


 夜中に囁き声がして、小さな灯明をもって二人は現れた。暗がりの奥より、つり眼に短髪、すらりとした少女と逆にカンナを思わせる眼鏡に背の小さな二股おさげ髪の少女が亡霊めいて浮かび上がる。いや、背の高いほうは少年か……? どちらとも見えず、中性的な顔立ちをしていた。


 目を覚ましたパオン=ミが、マレッティとマラカの容態を確認する医生の見回りかと思った。


 「なんだ……? おかげで薬が効き、二人は落ち着いておるぞ」


 共通ディスケル語である北部ディシナウ語で云うと、二人が手をあげる。言葉が通じるようだ。


 マレッティとマラカはすやすやと寝息を立てていた。食事も進み、体力が回復してきている。


 「どれ……」


 少年か? 少女か? ミナモと呼ばれた人物が牢越しに灯明をかざす。ミナモはこの時代のホレイサン人でもあまり着ない古めかしい時代がかった衣装である水干を着て、烏帽子をかぶっていた。スミナムチは渋柿色の小袖と軽衫(かるさん)ふうの袴をはき、割烹着のような白衣をしている。それで医生と思ったのだ。


 「ふうん……思ったよりまともな手当てをしてるな。だが、どっちにしろここから出なくては……そっちのストゥーリア人は足が役に立たなくなるし、そっちのスネア族は二度と平常の心を取り戻さんぞ」


 「なに……!!」

 パオン=ミの顔が変わる。

 「どういう意味だ、それは」


 「タカンなどという山師を信用してはならんということよ」

 医生ではないようだ。では、何者なのか?


 「ま、誰でもよい。今はな……さ、出よう。本当に助けてやるぞ」

 「何を……」

 パオン=ミが身構えるより早く、ミナモが牢の鍵を開けて中に入ってきた。


 「待て……タカンなどそも信用してはおらぬが、それ以前にそなたらをどのように信用すればよいのか!?」


 ミナモの顔が、妖狐めいてにんまりと笑いに引きつったので、パオン=ミがぎょっとして硬直する。

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