第1章 3-1 タカンの目論見
非情ながらパオン=ミの本来の任務を考えれば、当然それも選択肢に入ってくる。泥を吐いて自分だけ助かるのだ。
だが、見捨てようにも、泥を吐いても命の保証はなく、三人そろって処刑されるだけだろう。
(とにかく、逃げる手立てだ……)
しかし二人を連れて逃げるのは絶望的だ。一人で逃げれば、当たり前だが二人はその日のうちに殺される。最悪はそれしかない、が。
(いったん逃げて、二人を救いに来るのはどうだ……?)
ガリアが遣えれば可能だ。竜笛を取り上げられているのでスーリーも呼べない。ガリア封じの謎が解けない限り、不可能だろう。
この十日余りずっとそれらを考えていたが、何度考えても答えは出ぬ。
(最後の可能性は……)
もしここが聖地だとして、遠からずカンナやアーリーが襲撃するだろう。それまで生き残ってさえいれば、助かる見込みはあった。それがかなわなかった場合は、
(残念だが、三人そろってここで死ぬしかない。アーリー様やカンナへ後を託す……)
パオン=ミは決意した。サラティス語で二人へ語りかける。
「ひと月だ……ひと月、時間を稼げば、カンナが来るやもしれぬ。そこまで……」
「……あんただけ……でも……逃げる……のよ……パオン=ミ……」
マレッティのかすれ声がなんとか聞こえる。マラカはまだ気絶しているようだ。
「おぬしらだけでは死なせぬ!」
「ばか……あんたが死……んだら……誰が……デリナ……様……を……助ける……の……よ……」
(デリナを……黒竜のダールか……聖地にいるのか……)
「だか……ら……あんただ……け……逃げ…………」
マレッティの声が聞こえなくなる。気絶したようだ。
パオン=ミ、暗闇の中で音も無く涙を流し続けた。
3
二日後、いよいよ尋問のためパオン=ミが牢から出された。マレッティとマラカは全身の傷が腫れて膿み、高熱を出して体力も落ちてしまい意識不明のまま食事も摂れず、もって十日というほどの有様だった。
そうなればもはや二人を見捨てるか、助命を条件に泥を吐くしかない。
(見捨てたところで我が脱出に成功しなければ無駄死に……助命を条件としたところで約束が護られる当てはなし……)
進退窮まった。
ところが……。
パオン=ミが連れて行かれたのは拷問部屋ではなく……岩窟牢の外だった。外へ出ると木々が生い茂り、その枝葉の合間から水面が見えた。
「?」
海かとも思ったが、水面の奥に陸地らしき影が見えたので海ならば湾、海でなければ大きな湖だと分かった。潮の匂いがしないので海ではないのだが、海を見たことのないパオン=ミはそれが分からなかった。
また漆喰の高塀にはホレイサン=スタル様式の唐屋根が設えており、その向こうに高い五重や九重の塔が建ち並んでいる。が、それはホレイサンともディスケルとも異なる妙な姿をしている。
(……どこなのだ……ここは……!?)
パオン=ミは訝しがった。
「まさか……ここはもう聖地……か……?」
「その通りだ」
知った声がし、パオン=ミは反射的に躍りかかったがたちまち衛兵に押さえつけられた。後ろ手にされ、棒で首元を押さえられて地面へ両膝をつかされる。
朝服を着たタカンが右手を上げ、パオン=ミは再び立たされた。
「よくもその面を我の前へ出せたものだ!」
憎々し気に顔をゆがめ、眼をむいて吼える。
「薄汚いネズミめが……私と口をきけるだけでも光栄に思わねばならない立場であるのを忘れるなよ」
「これでも我が家は爵位を持っておる。話すくらいはできるわ」
「ど田舎の領主の分家が、何の爵位だか……」
タカンはせせら笑った。
「まあよい。先般のことは互いの任務だ。恨むのは筋違いよ。だが状況が動いている。話がある。来い」
返事を待たずにタカンが歩き出し、パオン=ミは衛兵に連れられて後に続く。そのまま、施設内の比較的大きくて立派な建物へ入った。その一室で、パオン=ミはタカンと同じ席についた。
この待遇だけで、タカンはパオン=ミを罪人として扱っていないのが分かる。
茶まで出た。
「……なんの風の吹き回しぞ」




