エピローグ1 聖地
「でも、こっちじゃこのかっこうは少し寒いよね」
ライバが云う。緯度的に帝都ヅェイリンはかなり北に位置し、スターラより北になる。いかに初夏とはいえ、ウガマールの姿ではそうだろう。
「そう思うて、手配しておいた」
召使が人形めいて螺鈿の衣装箱を差し出し、ふたを開けると懐かしい木綿地の厚いスターラの衣服が下着から中着、上着とひとそろい三人分、入っていた。特に豪華なものではなく、ガリア遣いが野外でも活動できるよう頑丈に設えた旅装だ。ただ、こちらで入手するとなるとかなりの金を使うはずで、こんな箱自体が宝物のような箱に入っているのもうなずける。
三人はさっそく別室で着替え、披露した。サイズもぴったりだった。やはり、馴染む。
「で、いよいよバスクス殿には聖地へ向かってもらうが……」
本題だ。三人は再び席へつき、皇太子妃の指示を聞く。
「此度の騒動で我がディスケル家が聖地へ反旗を翻したことは明白。聖地の意を受けたホレイサン=スタルと我がディスケル=スタル……国と国のことゆえ、表だってことが動くのは早くても翌年になろうから、その前にけりをつけることになろう。殿下は来月早々、二日には儀式のために聖地へ向かう。それへ紛れ、共に聖地へゆけ」
「皇太子殿下は、大丈夫なんですか? その……いま聖地へ行くのは危険では?」
「そりゃ、危険に決まっておろう」
ライバの質問に皇太子妃がさも当然という顔で答える。
「で、では、わざわざいま行かなくとも……」
「行かなくともどうする? 其方らだけで聖地へ侵入するというか? 不可能よ。あそこはそういう力に護られておる。誰か通行権を持つものと共に入らねば、永遠に行き着くことはないのだ」
永遠にとは大げさな、と三人とも思ったが皇太子妃がそこまで云うのだから、きっとわけのわからぬ不思議な力があるのだろう。
「じゃあ、もし殿下に何かあったら、妃殿下や夫人たちはどうされるのお?」
「我らは殿下との永劫の別れも覚悟しておる。バスクス殿が来た時点で、聖地が滅びるか、我らが滅びるかのどちらかよ」
皇太子妃が何の感情の変化も無く、水が流れるがごとく云う。そこまでの覚悟とは思わずに、三人とも絶句した。特にカンナは急に自信が無くなり、ガタガタと震えだした。
それを見て皇太子妃が笑う。
「其方はもっと自分の力を知るが良い。もはや、ことが成就するのは目に見えておる。あとは、どう成就させるかよ」
「そ……そうなんですか?」
「世が破滅するか、新しき世になるか、次なる旧態の帝国ができるか、三つに一つぞ」
ええ!? 三人が魂消た。
しかし、カンナは震えが止まった。
「大胆な子よのう」
皇太子妃が笑う。確かに、カンナは変なところで神経が太い。単にすれているだけとも思っていたが……。スティッキィとライバが妙に口の端をひん曲げて見合った。
「さて、聖地だが」
皇太子妃が手を上げ、また召使が人形のように巻物を持ってくる。それを開くと、絵地図だった。
「……これが聖地ですか?」
ライバがまっさきに立ち上がって上から覗きこんだ。
「これって……湖なのお!?」
スティッキィも、やや想定外の声を出す。まさか湖の真ん中に街があるとは。
「ということは、島ですか?」
「左様」
ライバとスティッキィが真剣な顔で絵図とにらめっこをする。カンナも横から覗いた。
「大きさは……けっこう大きいよ。縮尺が分からないけど……この細長い島全体でスターラよりずっと大きい感じ……街はどの程度の規模なんだろう?」
ライバに問われるも、スティッキィはよくわからない。細長い島のくぼみのような平野部に町があるのだろう。
「これたぶん、サラティスと同じくらいだと思うなあ」




