第3章 8-1 伝達の儀の開始
「でも、毎日食べてると飽きてくるね。スターラじゃ考えられないことだけど」
「贅沢よねえ」
「カンナさん、食べないんですか?」
カンナは小皿へとって調味料である酢醤油をサッとかけまわした幾つかの小籠包を、じっと眺めていた。
「え? いや、食べるよ」
「気分転換も大事よ、カンナちゃん。……聖地で、何がどうなるか全くわからないし。美味しいものを食べれるときに食べておきましょ」
「そうだよね」
そう云ってひょひょいと熱いスープのつまった小籠包を続けざまに口へ放りこみ、とびあがって悶絶した。
翌日。
皇太子妃より特別にスティッキィへ招待が来た。いや、皇太子妃は別格で、招待というより召喚だ。もちろん、正確にはカンナを呼んだのである。すなわち、ついに皇太子から聖地での秘儀伝達の時が来たのだ。
「行こう」
カンナが顔を引き締めて云い、ライバとスティッキィがうなずく。
「もしかしたら、後宮の奥へ行くまでに襲われるかもしれない」
それは、充分に考えられた。ライバが予め皇太子妃へ警護を頼んである。警護女官がずらりと三人を取り囲んだ物々しい行列に、事情を知らぬ後宮姫たちはついにスティッキィも捕らえられ処刑されるのかとある者は同情し、ある者はとばっちりをくうかもと自分の身を心配し、ある者はざまあみろとほくそ笑んだ。
皇太子妃の住む場所は後宮の最も奥であり、後宮全体の三分の一を占める巨大な空間だった。一部はそのまま通路で宮中奥の三神廟へつながっている。そこは先日ダオマー節の神儀を執り行ったところで、皇帝一族と高位の神官しか入ることをけして許されない神秘の場所だった。
皇太子妃の住む建物は豪奢を極め、目もくらむばかりの金銀財宝だったが、それでも往時の五分の一ほどの規模だという。
控室に通され、そこでしばらく待った。その間、三人とも沐浴で身を清め、やけにこざっぱりとした衣服へ着替えた。聴くと、古代の伝統的な儀式の装束であった。真っ白で、絹ではなく木綿だった。
そこから三人は後宮の奥の奥へと向かう。そこは最初にカンナたちがウガマールからやってきた神山のふもとで、巨大な神廟が建てられている。敷地は高い唐塀に囲まれ、外からは見えない。神廟へ行くまでに三つの楼閣門をくぐる。塀に囲まれた呪術的な装飾のある前庭があって、門を通るたびに階段を上る。
夕刻近く、三人は道服を着た神官に連れられて後宮から神廟へ入った。神廟は既に敷地が数百の兵士に囲まれ、内側にも数百いるが、その規模からいうととても足りるものではなかった。まともに護ると数千の兵が必要な規模なのだ。しかし、いまの宮廷ではこれで精一杯だった。それも、近衛兵のほかアトギリス=ハーンウルムとカンチュルクの兵を足している。
衛兵の護る第一門を通った最初の前庭には、ルァンとエルシュヴィが兵を率いて待機していた。二人ともアトギリス=ハーンウルム秘伝の武術、心把竜合拳の使い手だ。ルァンは円盤ノコギリを半月にして取っ手をつけたような不思議な武器を両手に、エルシュヴィは大きな柳葉刀を手にしている。ここで、第二門を護る。
「いよいよだね」
ルァンが興奮と不安をないまぜにした表情でカンナやスティッキィへ声をかけた。みなうなずき合い、三人は巨大な楼閣門をくぐり、階段を上って次の庭へ行く。そこにはカンチュルクの兵と、トァン=ルゥが人間の背丈ほどもあるかという巨大な片刃刀を手に、仁王立ちとなっていた。カンナはすぐにアーリーとそのガリア、炎色片刃斬竜剣を思い浮かべた。
「これは、カンチュルクの竜騎兵に伝わる大刀術です。アーリー様はその使い手で、私はアーリー様の弟子になります」
トァン=ルゥが頼もし気に云う。が、その声は少し震えていた。顔も緊張している。ホレイサンの忍者部隊、実力は計り知れない。彼女はここで、三神廟正門である第三門を護る。
一行が三つつ目の楼閣門をくぐり、さらに長めの階段を登り切ると、ついに神廟へたどり着く。神廟は正面の入り口しか入るところがなく、既に屋根裏や床下へ侵入していなければここを突破するしかない。その前庭に、カルンがいた。
「カルン様」
スティッキィが驚く。しかも、見たこともない装束だ。やけに袖の大きい上着に、ズボンのような下ばきを穿いて、裾の短い武術着だ。
まさか、カルンまでも武術を使うのか。




